偶然かはたまた必然か。
逆方向の敵の殲滅が終わり、共に来ていた神父アベルの手助けをしようと彼の元へと駆け寄った。
もう少し遅く到着すれば彼のその姿を目撃せずに済んだのだろうか。
でも、私は後悔は不思議としていなかった。






上手に泣いてあげられなくてごめんね







「殲滅完了。・・・向こうはまだ交戦中みたいね」

微かに付着してしまった返り血を手袋を着けたまま擦って落とすと先ほどアベルと別れた方角を見る。
まだ騒がしく揺れる木々を見て交戦中だと判り、足で纏いになるかもと一度足を止める。
思考停止二秒でその考えは打ち消され、前へ足を踏み出し、走り出した。
怪我をした所で勝手に突っ込んでいた私が悪いのだし、自分の判断のままに行動すればいいかと自己完結したのだ。
腰まである黒髪が木々に引っかからない様に器用に走り抜けると見慣れた神父服の裾が視界に入る。
そして、足元に注意していた為、下に向いていた視線をゆっくりと上に向けてアベルの無事を確認し、そのまま戦闘に入ろうとした。
その時、ふいに異様な空気の振動が肌に伝わり、次の瞬間には畏怖に近しいその感覚が私を襲った。
刺す様な鋭い寒気を覚えて肌が粟立ち、踏み出そうとした足は地面に縫い付けられた様に動かない。
更に私に与える衝撃はそれだけではなかった。
先ほどまでいつもと変わらぬ姿であったアベルの姿が変貌していたのだ。
黒い翼を広げて逆立つ銀の髪は王冠の様に輝き、ふと見えた瞳は紅い輝きを放っていた。
私は想像以上の驚愕故に凄まじい殺気に膝が笑う事すらなく、直立不動に立ち尽くすばかりだった。
何なのだろう・・・これは?
こんな彼を私は知らない、見た事もない。
派遣執行官は皆、コードネームが戦闘スタイルを意味していたがアベルのクルースニクと言うのはこれを指していたのだろうか?
そう幾度も幾度も自分に問い掛けるも答えなど出る筈もない。
それからすぐに鮮血が飛び、アベルが吸血鬼(ヴァンパイア)の血を啜る音が聞こえ、その光景が視界に鮮明に焼きつく。
私は限界まで目を見開いてその光景を瞳に刻むように見つめた。
普通なら常人なら叫ぶであろうその光景を妙に冷静な心持ちで私は見守っていた。
そして、全てを終えた彼が静かに息を吐きながら元の姿へと戻っていくまで食い入る様に見つめていたのだ。
元の姿に戻った彼は眼鏡を拾おうとこちらに体を向けた。
漸くそこで彼は私が事の次第を見ていたのだと気づいた様に目を見開いて私を見た。
呪縛に掛かった様に動かなかった身体が私を見て驚いた彼の表情が酷く酷く哀しく悲しい色に染まっていくのを見て唐突に動き出した。
駆け出して逃げるのではなく、駆け出して彼に向かって気づけば彼を抱きしめていた。
正しくは抱きついたという表現が妥当かもしれないが私は彼に触れなければならないと本能的に感じた。
脳で考えるよりも先に体が咄嗟に動いたのだ。
髪が枝に途中で絡まってぶち切れた音が聞こえたけど気にせずに一直線に駆けてきた私の身体を驚きながらもアベルは反射的に抱き止める。

・・・?」
「アベルが・・・私と任務をする時、不自然だったのはさっきのが関係しているのかしら?」

胸に顔を埋めたまま問う私の表情を伺えない彼は困惑しながらも間を置いて静かに肯定した。
その声は微かに震えていてか細く消え入りそうで、何かを酷く恐れている事が判る。
私だって馬鹿じゃない。
人とは自分と異なる何かを持つものを酷く畏怖する。
それが人という生物の性だから仕方がないのだろうけれど理解しようともせずに恐れるのは愚かだと私は思う。
私も、異端と言えるべき人間だからこの世界に来た当初は拒絶を酷く恐れた。
だけど、今、目の前で拒絶を恐れている彼はそんな私を受け入れて信じてくれた最初の人。
だから、今なら判るのだ。
彼があの時どんな気持ちだったか。
彼も私があの時どんな気持ちだったか判っていたのだろう。
拒絶は酷い孤独と悲哀を呼ぶ。
それを理解していた彼だから受け止めてくれたのだ。
彼はきっと幾度もその姿を拒絶されてきたのだろうという事が震える声と身体で理解できていた。

「そう、です。・・・私がクルースニクと呼ばれる所以があれですから」
「怖かったのね。拒絶が。でも・・・私は、拒絶なんかしないよ」

静かに、でも、確かに聞こえるようにはっきりと紡いだ言葉にアベルの震えがぴたりと止まる。
まだ身体は強張っているけれどそれでも震えは確かに止まっていた。
私はアベルの背に回していた手を解き、彼の頬を両の手で挟んだ。

「だって、アベルは私を受け入れてくれた最初の人だもの。そんな優しい人を拒絶なんかする理由がないわ」
「でも、私は・・・っ!」
「人と違う容姿になるのが何?それになる理由は人を助けたいから。ならば疎む理由はないわ。それにアベルはアベルだもの」

諭すように優しく語り掛ければ彼は何か溢れる想いを噛み締める様に顔を崩した。
でも、それを視界に入れたのは一瞬で私は再び彼の胸の中にいた。

・・・っ!」

涙を流すの事が出来ずに居る彼を私も力強く抱きしめる。
切ないぐらいの温もりがじんと染み渡ると涙腺が緩んでしまったのか透明な雫がすっと頬に流れた。

「あはっ・・・私が泣いてどうするんだろう・・・」

切なくて狂おしい程に愛おしく想えて気づけば涙が流れていたのだ。
それを見たアベルは私を見て愛おしそうに微笑んでその涙に口付ける。
その一滴すら大切で愛おしいと言わんばかりに。
恋慕などの感情ではなく、ただ、慈しみ愛す絆だけが私達を包みゆく。

「ありがとう、ございます・・・」

紡がれた言葉に私はまた涙を零し、微笑んだ。
私も同じ想いであると伝えるが如く。



受け入れられるとは何という幸福か。
(貴方の為に上手くは泣けていないだろうけれど。)
(それよりも大切なのは別だと思うから。)