さぁーん!」

バンッと大きな物音を立てて私の家へと押し掛けて来たのは珍しい様子の見慣れた人。
何事だと近付いた私に覆い被さる様に
抱きついてきた190cmを超える長身の男に潰されるのではないかと一瞬思うも何とか踏ん張った。
が、やはり女の身にこの男は重過ぎて、重心が片側だけ掛かり、片足の膝が笑う。

「アベル、貴方相当飲んできたわね。物凄い酒臭い」

嗅がずとも鼻腔へ入ってくるアルコール臭に眉根を顰めつつ、アベルの腕を掴む。
このままでは本当に倒れかねないと取り敢えずソファ辺りに寝かせようとアベルを引き摺り歩き出した。






Elle n'a rien dit.







やっとの思いでアベルをソファまで連れて行くと
むにゃむにゃと幸せそうな吐息を漏らしながら笑顔を浮かべている顔が視界に入る。
夜中に押し掛けて来た酔っ払いが一体何が目的なのかは判らないが
このまま放置するのもあれかとコップに水を汲んでアベルの元へと向かった。
彼が寝そべっているソファの前に座り、彼の肩を揺らす。

「アベル。ほら、水」
「んー・・・飲ませてくださぁい〜」
「ちゃんと自分で飲みなさい。ほら!」

少し強く言えば不機嫌そうに身体を起こして水をちょびちょびと飲み出す。
長身の彼のその光景は何だか滑稽で思わず笑みが零れてしまう程、微笑ましいものと言えた。

「飲みましたぁー!」

褒めてくれと言わんばかりのその笑みに応えて頭を撫でてやると満足して再びソファに沈むアベル。
テーブルにコップを置いて取り敢えず毛布でも取って来るかと
立ち上がろうと足に力を入れたが立ち上がる事は腰に急に来た衝撃によって阻まれる。
一体何なのだと自分の腰周りを見るとアベルの長い腕が私の腰に絡んでいた。
思わず溜息を漏らしながらその手を外そうとするのだが余りにしっかりと力が入っていてびくりともしない。

「アベル。ほら、そのまま寝たら風邪引いちゃうから」

諭す様に話しかければ首を横に嫌々と振るアベル。

「一人は嫌ですー!」

どこの子供だと呆れるがこのままでは全く一向に動けそうにないので一度座り直すとアベルに向き直る。

「じゃあ、私と一緒にベッドに行きましょ。それなら一人じゃないでしょ?」
「・・・わかりましたぁ」

渋々と言った形だが納得したアベルにほっとして立ち上がるとそれに伴ってアベルも立ち上がる。
そのまま歩き出そうと先に一歩踏み出すと急に身体が揺れて唐突な浮遊感に襲われる。
思わず何かをがしりと掴むとそれはアベルの神父服で一体なんだと上を見上げれば満面の笑みを私に贈るアベルが居た。
たった今私は彼によって横抱きにされているのだと理解すると羞恥で顔に熱が集中する。
きっと真っ赤であろう私の表情を特に気にする事もなく、アベルは勝手に歩き出した。
幾度か私の家を訪ねて来た事があるアベルはどうやら私の寝室を的確に覚えていたらしく私を抱いたまま入っていく。
酔っているくせに足取りがしっかりしているなと思いつつ、気づけばベッドにゆっくりと降ろされていた。
そして、アベルは私の隣を陣取ると眼鏡をご丁寧にベッドサイドに置いて私を抱き枕にして寝る体勢に入った。
がっちりと回される腕にもう好きにすればいいわと諦めて瞳を閉じるとふいにベッドが軋む。

さん」
「何?アベル」
「おやすみなさぁーい」
「・・・・!?」

就寝前の挨拶と共にふに視界が翳ると眼前に彼の長い睫が目に入る。
そして、唇には確かな温もりを感じて息をする事すら忘れる程に驚く。

「大好きです・・・さん・・・」

御満悦の笑みを浮かべて今度こそ眠ってしまったアベルから私は目を逸らす事すら忘れて見入る。
本人にどういうつもりだと問い掛けようにもすっかり夢の世界へ旅立っているし、
私はどうする事も出来ず、結局、その状態で朝を迎える羽目になってしまった。
薄っすらと残る羞恥に頬を朱色に染めながら。

「ん・・・」

静かに漏れるアベルの声を聞いて私はゆっくりと口を開いた。

「おはよう。アベル。気分はどうかしら?」
「・・・おはようござい・・・ます?ん?あれ?・・・ええ!?あれ!?さん!?」

自分の状況がいまいち理解出来ていないらしく少々混乱を示すアベル。
それに私の機嫌が不機嫌になっていくのは言うまでもない。

「アベル。昨夜の事、もしかして全然覚えてないの?」
「昨夜?えっと、昨夜は教授達と一緒にお酒を飲んでいて・・えっと・・・」

言い淀むアベルに私は笑みを浮かべながら再度問いかける。

「覚えてないのね?」
「えっと、はい。その、なんでさんとこうやって寝てるのか全然」

有無を言わさぬ気迫のある笑顔に狼狽するアベル。

「そう・・・」

そこで言葉を切ると私の反応を待っておどおどとしているアベルに向かって思いっきり下から膝でアベルを蹴り上げる。

「ゴフッ!?・・・・っっ!」

蹴り上げた部分がまた男性にとっては悲惨かつ痛恨な場所だったらしく、
アベルは声にならない叫びを噛み締めながら顔面からベッドへと撃沈する。
私はそんなアベルからさっさと離れてベッド降りて立ち上がるとにっこり微笑む。

「一生悶え苦しんでいるがいいわ。このバカアベル」
「ぐぅっ!・・・さぁん・・!わ、私何かしたんですか!?」

人を散々悩ませておきながらこの仕打ち。
本当に死んでしまえと親指を立てて下に向ける。

「自分で思い出せ!それまで近付いてきたら殺す」

殺意を詰め込んだその言葉にアベルは泣きそうな声を上げながら何度も私の名を読んでいたが徹底的に無視して仕事へと向かった。
アベルが漸く事の顛末を思い出すまでそれから数日掛かったのだった。



酒に溺れて乙女の逆鱗に触れた男に罰を与えん。
さん!そ、その言った事は本気で思ってる事で・・・)
(後日、然るべきシチュエーションでの言い直しを要求するわ。)