「トリック・オア・トリート!さん!お菓子下さい!」

唐突に扉を突き破らんとせん勢いで私室に侵入してきたのは一人の銀髪の神父。
意気揚々と光輝く銀糸を躍らせて満面の笑みでそう告げる神父を私は湯気の立つティーカップ片手に唖然と見つめるばかりだった。
だが、暫くじっくりと間を置いた後、私はカップをソーサーに静かに置くと
落ちてくる自身の髪を掻き揚げてそれはもう大きな溜息を一つ吐くのだった。






愛すべき甘さ







「お菓子なんてある訳ないでしょう。長期任務終えたばっかの私に」

先程、報告を終えて私室に帰ってきたばかりだった部屋には今、食料らしい食料は置いていない。
長期任務という事もあり、腐ったりしては大変だと食料は全て様々な形で処分してしまっていた。
それにアベル自身も協力した筈なのだが三日と知れず空腹の余り忘れてしまたのであろう。
燃費の非常に悪い目の前の神父は扉を開けた状態で石像の如く硬直している。
付け加えるならば叩けば壊れそうな程に脆い石像の様に、だ。
そこまで菓子が欲しかったのかと思わず呆れを通り越して半笑いになる。
結局、その極度に情けない姿を見つめている内に可哀想に思えてきて私はこの神父に妥協案を出してしまうのだ。

「あー・・・はいはい、仕方ないから今度お菓子作ってあげるわよ。好きなだけ」

立ち上がり彼の元まで歩み寄ると慰める様に肩を二、三度叩く。
すると、生気がなかった無機物の様な彼の顔がたちまち太陽の如く眩しく輝く笑みを作る。

「本当ですか!?」

勢いよく肩を掴んで前後に揺らされた私は片手を口元にやりながら何度も頷く。

「あー本当本当」
さぁーん!!大好きですー!!」

鶴の一声、神の一声ならぬ私の一声で幸せの絶頂に達したらしい神父はそのまま勢い良く抱きついてきた。
幸せの余り加減と言うものを完全に忘れてしまった神父に私はぎょっとして目を見開くが時既に遅し。
私は神父の重さに耐え切れずそのまま床へと倒れ込みそうになる。
次に来る衝撃に備えてきゅっと瞳を閉じるが激しい衝撃と冷たい床の感触が私の背中を襲う事は無かった。
ゆっくりと恐々と何故だろうかと瞳を開けて見れば眼前には冬の湖の色に輝くアベルの瞳が間近に見て取れた。

「アベル・・・?」

倒れる寸前で彼の腕に支えられたのだと理解するのに時間は掛からなかったが
何故、急に真剣な表情を浮かべて固まっているのかまでは理解出来なかった。
彼の名前を呼ぶも返事は返ってくる事はないし、どうする事も出来ずにただ見つめているとアベルは唐突ににんまりと笑った。
それは人の良さそうな笑みとはとても言い難い、まるで悪魔が人を誘う様な甘美で妖艶な笑みだった。

さん」
「はい?」

思わず敬語になってしまうのは致し方がない事だと思う。
背筋を駆け抜ける衝撃の美貌の笑みに完全に囚われて肌が思わず粟立つのだから。

「今は私にお菓子をあげれないって事は悪戯してもいいんですよね?」
「・・・?トリック・オア・トリートだからそう、な・・・え?」

何だかとてつもない嫌な結論に至った気がする。
平然と答えてしまったが凄くとてつもなく嫌な予感に額に一筋の汗が浮かぶ。
その予感は確実に現実になっていってるらしく私の身体は唐突な浮遊感に包まれた。
浮遊感の正体は私がアベルに横抱きにされて居るからなのだが、
それ以上に気になるのは何故私の部屋の鍵を今、厳重に締めたのかだ。
そして、私は抱き上げられたまま一体何処へ連れて行かれているのか。
何となく予想はついているが認めたくなかった。
しかし、それもすぐ認めざる得ない状況となってしまった。
ゆっくりと下ろされた先は私のベッドの上で私に覆い被さる様にして
にこやかに微笑んでいるのは先程まで私を抱き上げていた人物。

「ちょっと、アベル?そ、そうよ!落ち着きなさい!少し探せば飴の一つぐらい・・・」
「ダメですよ。さん。ここまで来て逃げるなんて」

流石にこのまま黙っている訳にはいかないとどうにかこの状況を打開しようと口を開くが
それすら許さないと言わんばかりに人差し指で唇を押さえれる。
触れる指先が妙に艶かしく電撃が身体を駆け巡る様な感覚に襲われる。
同時に頬に熱が集まってくるのが判った。
嗚呼、本当に普段はどうしようもない神父だが実際は顔立ちも良い美形なのだ。
質が良いだけに性質が悪い。
でも、まあそんな彼だからこそ好きになったんだし、
仕方ないかと諦めも肝心と言う境地に至り、溜息を吐いて彼の首に腕を絡めた。

「判ったわ。腹を括るからとびっきり甘い悪戯で御願い」
「勿論です」

二人でそう笑い合うと同時に触れ合った唇はどんなお菓子よりも甘く蕩けそうだった。



最初からこの甘さを御求めで?
(アベルの場合、どっちに転んでもラッキーな話だものね。)