「必ず帰ってくるから大人しく待っているのだよ?」
「はい・・・御武運を・・・」
そう言って主であるアフロディーテ様は口付けを落とし、戦場へと向かった。
そして、再び私の元に貴方が帰って来る事はありませんでした。
愛おしい主を守る事もできず、私は生き永らえてしまった。
貴方の消え逝く小宇宙を感じながらも何も出来なかった。
自分の力の無さに私は自らを恨んだ。
HEAVEN
「アフロディーテ様・・・」
亡き主を想いながらも私は今だに聖域に居た。
女神であるアテナの意向によるものだ。
しかし、それは同じ女神の生まれ変わりである私を戦力として手元に置きたいだけなのでは?
私にはそうとしか感じられなかった。
幸せだったあの日常はもう戻ってこないのだから。
あの方はもう戻ってこないのだから。
それでも私は主の居なくなったあの双魚宮に住み、叶う筈のない願いを持ち続けている。
「アフロディーテ様・・・貴方がいつ帰ってきても良い様にお部屋も庭園も綺麗にしているんですよ」
届くはずの無い言葉が紡がれる。
そして、頬には一筋の雫が伝っていた。
それからしばらくした日の事。
聖域は何故か不穏な空気に包まれていた。
私はその空気の中で何故か心地良くも懐かしい小宇宙を感じた。
「・・・何を私はまだ望んでいるの・・・」
誰も居ない墓地で響く声。
それはとても自嘲めいた声だった。
だけど、その後信じられないことが起きた。
聖域と冥界の間で激しい戦いが起こったのだ。
その時に確かに感じた小宇宙は我が主のものだった。
私は急いで走り出した。
その発生源へと。
しかし、着いた時にはもう誰も居なかった。
ただ、一つだけ残されたアフロディーテ様の薔薇の花弁。
それは忘れた筈の希望を呼び覚ます。
願いを。
そして、それから時が流れた今。
私は再び幸せな日々を送っている。
あの戦いで冥界と聖域は契約をし、聖戦が終わった。
聖戦での契約それは今までの戦いで命を落とした聖闘士や冥闘士たちの復活だった。
そして、あの方は戻ってきた。
この聖域に。
あの日のことを私は今だに覚えている。
「アフロディーテ様・・・・」
墓前の前で私はずっと祈り続けていた。
どこかであの方が生きていますようにとあの薔薇の花弁に突き動かされるように。
ただ、ただ祈り続けていた。
そんな時ふと後ろから抱きしめられたのだ。
「誰・・・?・・・・!?」
「まったく・・・君は大人しく待っているようにと言っただろうに」
あの頃と同じ姿であの方が立っていたのだ。
私は信じられないと震える手をゆっくりとあの方の白い頬に伸ばした。
すると触れる寸前であの方が私の手を握り、自らの頬に手を導いた。
「ただいま。」
「アフロ・・・・ディー・・・テ様・・・」
「そうだよ。何を死人に会ったみたいな顔をしているんだい?
君は今私に触れている。わかるだろう?生きている人間の温かさだ」
そう言ってほほ笑む姿を見た私は自然と涙が溢れてきた。
あの方が目の前に居る。
理由なんてどうでもよかった。
涙が流れるのだって何だって。
私はただ、アフロディーテ様の体温を求めるようにその胸へと飛び込んだ。
「アフロディーテ様っ!!」
「おっと・・・ほら、泣かない。君の綺麗な顔が台無しだよ?
それに君は涙より笑顔のほうがよく似合う。私に見せてくれないか?」
願う主の声に私は涙を拭きながらぐちゃぐちゃの顔でクシャっと笑った。
「お帰り・・・なさいませ。アフロディーテ様・・・」
「ああ。ただいま。つらい思いをさせてすまない」
笑顔を浮かべながらあの方は再びその腕に私を抱いた。
確かに伝わってくる鼓動に私は再び涙を流した。
それからしばらく落ち着いた私にアフロディーテ様は事の顛末を話してくれた。
納得した私は「そうだったのですか・・・」と呟いた。
そして、その後襲ってきた言い知れぬ不安。
それを思わず口にした。
「もう・・・・いなくなったりしませんよね・・・?」
「・・・」
「もう、嫌なんです・・・貴方が居なくなるのは・・・」
まるで子供が親にせがむように訴えかける。
我ながら醜く浅ましい。
そう、思った。
何も言わぬアフロディーテ様に不安を覚えて私は恐る恐る顔を上げた。
するとその瞬間、唇に何か押し付けられた。
「・・・・!」
ゆっくりとその感触が離れていく。
私はただ呆然とした。
押し付けられたモノ。
それはアフロディーテ様の唇だったのだから。
「アフロ・・・ディーテ様・・?」
名を呼ぶと再び抱きしめられた。
耳に息がかかる。
「離れないよ・・・もう。愛おしい君を置いてなんて・・・・」
「え・・・?」
「君が好きだよ。」
「アフロディーテ様・・・・」
「君以外何もいらないんだ。だから君の望む事は何でも叶えてあげる。さっきのはその誓いだよ」
アフロディーテ様の声が耳に、心に響く。
私はまた涙が出た。
そして、こういった。
「私も・・・アフロディーテ様が居るなら何も望みません。
アフロディーテ様が居ればそれでいいです。愛しております・・・」
その後、私はまた口付けを与えられた。
この日を私は今も忘れていない。
平穏な今でも。
「アフロディーテ様。お茶が入りました」
女神の力を発揮し始めた私は今でもアフロディーテ様に仕えている。
あの方の元にいることを望んだから。
「ありがとう。。でも、あれだね。
女神アストレイアにお茶を入れてもらえるなんで私だけだろうね」
冗談めかしてアフロディーテ様はそういった。
「アフロディーテ様ったら・・・私はアフロディーテ様の前ではただのです」
「そうだね。それなら私も君の前では黄金聖闘士のアフロディーテではなく、
一人の男で君を愛しているアフロディーテとなるんだから様づけはいらないのではないかい?」
意地悪な笑みを浮かべてアフロディーテ様は私に顔を近づけてきた。
「そ、それは・・・・」
「言えないのかな?それは残念だな・・・」
「い、言えます!ア、アフロディーテ・・・」
「それでいい。愛してるよ?」
満足そうにほほ笑んだアフロディーテは静かに唇を重ねた。
甘美な口付けを薔薇の園で私たちは交わした。
それは未来への誓い。
もう、互いに離れない。
back