貴女が見つめていたのはこの赤ではなく、あの深緑だった。
貴女の瞳に映るのは俺ではなく、あいつだった。
それでも俺は貴女を想い想い続けるのだろう。
愛おしい。
誰よりも愛おしい貴女を。
想いは溢れ零れ朽ち果てる
優しく微笑む貴女を愛した。
全てを失くした俺に居場所をくれた貴女を愛した。
貴女は私に親愛の情を注いでくれた。
俺はそれが欲しい訳ではなかったけれど、いつか貴女自身が手に入るならと夢見て貴女に愛を返していた。
だけど、唐突に現れた深緑に全てを奪われた。
貴女は、いつからか深緑に全てを与えるようになった。
無力なレプリカのあいつに。
廃棄処分されたあいつに。
最初はそれでも良かった。
貴女の全ては俺が手に入れるのだと信じて疑わなかったから。
だけど、貴女は深緑を愛した。
それは恋情と云う名の愛だった。
俺が欲して欲して心から欲していたものだった。
絶望に落とされ、壊れる心の悲鳴が響いた。
どうして俺ではなかったのだろうかと何度も心の中で問うた。
答えなんて出る筈がないと判っていても。
そして、結局俺はただレプリカという存在を憎む事で心を保つようになった。
レプリカは俺の欲した全てを奪っていく。
だから、それを恨み憎み嫌悪して心を保った。
そうでもければ狂いそうだったのだ。
可笑しいと人は思うかもしれない。
自分を愛さなかった貴女を何故恨まないのかと。
理由なんて簡単だ。
貴女を恨む事など出来ぬ程に貴女を愛していたから。
幾ら俺を愛してくれなくても親愛しか与えてくれなくても俺は貴女に全てを捧げるのだ。
この身も心も全て全て。
「アッシュ。お帰り。任務で怪我はなかったか?」
思考に耽って立ち尽くしていると偶々通りかかった貴女が微笑んだ。
優しい微笑みに思考を止めて貴女に全神経を集中させる。
「か。あれ位で怪我などする訳がないだろ?」
「ふふ。そうだな。お前の力量ならそうだろう。だか、心配なものは心配だからな」
そっと肩に手を置き、慈しむように告げられる言葉。
それだけで任務の疲労など癒されそうな程美しい声に俺はふと笑う。
「は何時まで経っても変わらんな。心配性過ぎるんだ」
「性分なものだから仕方があるまい。あ、シンクも帰ってきたようだ。シンク!」
言葉に身を硬くする。
最も会いたくない人物の名が耳に残る。
触れていたの手が離れて俺の隣を過ぎていく。
「(ああ・・・やっぱり俺はあいつには勝てないのか。)」
どうしようもない敗北感と悲愴が俺を襲う。
そして、ゆっくりと振り返れば憮然としたシンクの顔。
シンクの視線は会話を交わすに注がれていてこちらを見る事などない。
あいつは俺と同じ気持ちを持っている。
ただ、一つ違うのは選ばれたか選ばれていないかの差。
沸々と浮かび繰る憎悪と嫌悪を抱き、睨みつける。
すると、視線に気付いたシンクがこちらを見て嘲笑うかのように笑った。
一気に溢れ出しそうになる淀んだ感情。
だが、決してそれをの目の前で露見させまいとぐっと堪えると踵を返して歩き出す。
気付いたが思わず声を上げる。
「アッシュ!お前も報告の前に一緒に昼飯を食べないか?」
それはシンクも居るという事だと理解した俺は淡々と平静を装い告げた。
「急ぎ報告が必要な事があるから今日は止めておく」
返事を聞かずにそれだけを告げてそのまま歩みだす。
貴女への愛は零れ落ちるばかりで受け止めては貰えない。
愛しても愛しても届かない。
だか、もうそれでも構わない。
だけど、時々でいいから俺だけにその心を注いで欲しいと願う俺は浅ましいのだろうか。
混沌とする感情に漂う。
(貴女を想う気持ちとアイツを憎む気持ちが比例して増え続け、零れ落ちる。)
(止め処なく、止め処なく。そして、順々に朽ちていく。)
back