アペリティフ
食事の前に飲む事が多いキールを片手にキールよりも紅い髪の不機嫌な男を見つめる。
不機嫌な様子はいつもの事だから今更、特に気にはしない。
だけど、恋人の前なのだからもう少し楽しげな表情を浮かべればいいものの。
(嗚呼、本当に加虐心をそそるのが上手い事)
心の中でそう苦笑すると愉快げに口角を上げて微笑み口を開いた。
「アッシュ」
「・・・何だ?」
眉根を寄せたまま腕を組み憮然と答えるその姿に思わず溜息を吐く。
普通の女ならこんな不機嫌な顔をされたら頬を思いっきり叩いて部屋を後にしていただろう。
でも、慣れっこな私はただ、平然と言葉を続けた。
「それ。少しはどうにかしたらどうなの?」
眉間を指差して溜息混じりに呟けば小さな声で謝罪が響く。
言われればちゃんと自覚して悪いと思える所はいい所なのだけれど。
それでももっと早く意識して気付いて欲しいなと思う。
まあ、そんな所も全てひっくるめて好きになっちゃったのだから仕方ない。
惚れた弱味というやつだ。
「まあ、いいけれど。またシンクに嫌味でも言われたの?」
「・・・そんな所だ」
私が指摘した事は当たらずとも遠からずだったらしく、
忌々しげに瞳を閉じて回想しているらしいアッシュ。
シンクの悪い癖もどうかと思うが気にするアッシュも神経質。
幾度同じやりとりをすれば気が済むのだろうかと呆れる。
しかし、このままでは一向にアッシュは機嫌が直らなさそうだ。
何分、根に持つタイプだから。
さて、そうなれば如何したものかと思案する。
このままでは暇な時間を過ごすだけで無意味なだけであろう。
いっその事、何か衝撃的な事でも起きれば嫌な記憶など吹き飛んでしまうだろう。
だが、どうやるべきかと考える。
すると、ふいに悪戯心と先程擽られた加虐心が交じり合いある事を思いついた。
「アッシュ」
「な・・・!?」
立ち上がりアッシュの隣に立った私は彼の名を呼んで気を惹くと
そのままキールを一気に口に含み彼の長い髪を後ろに引き唇を押し当てると一気に流し込んだ。
唐突の事に目を見開いていたアッシュはなされるがままにそれを飲み込んだ。
唇を離せば少し押し返されて離れられる。
「い、いきなり何なんだ!?」
羞恥からか顔を紅くしたまま怒鳴るアッシュに笑顔を浮かべる。
「あら、ちょっとばかし景気づけにね」
「な、に?今、何を・・・」
何を飲ませたのだと問おうとしたアッシュはがくりと膝を折った。
私が飲ませたのはアルコール度数も軽いキールだったのだが下戸のアッシュには効果覿面。
見事に酔ったらしく頬を赤らめている。
果たしてそれが酔いだけが理由かは判らないが。
「さて、アッシュ。ほら、そんな所で寝られては困るわ」
そういって無理やり立たせてベッドに押し倒す。
酔って余り力が入らないアッシュは文句を言いつつもなされるがままだ。
私は彼の上に覆いかぶさり軽いキスをすると微笑んだ。
「嫌な事ばかりに気を取られてないで私に夢中になってちょうだいな。」
「それは・・・」
「酒に酔って私に酔えないなんて言ったら承知しないんだから。
さあ、食前酒はその辺にしてメインを味わって頂戴な。きっと満足するんだから。」
そこまで言えばアッシュは酔った体を起こして微笑んだ。
「誘ったのはだぞ。後悔するなよ?」
酒の力か急に強気になったアッシュを見て私も不敵に微笑み返す。
「貴方こそ酔わされ過ぎても知らないから」
「望む所だ」
互いに瞳を閉じて唇を重ねる。
黒スグリのリキュールと白ワインの香りが吐息と共に交じり合う。
嫌な記憶は快楽に混じり消え去ってただ、幸福と熱が体を満たしていく。
「愛しているわ。アッシュ」
「ああ、愛している」
酔い合った私たちは恥じらいなど失くしてあるがままの想いを言葉とこの身の全てで伝えるのだった。
本当に酔わせたのは酒か?それとも・・・
(私を食す為の食前酒は気に入って貰えたのかしら?)
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