傷ついた貴方に翳すのはミセリコルデ。
空が嘆き、私は泣いた。






Misericorde‐ミセリコルデ‐







本当は久々に彼に会える筈だった。
いつものようにその屈託のない笑顔で迎えてくれる筈だと信じて疑わなかった。
けれど、今。
目の前にある現実は残酷な色を放っている。
なんという悲劇だろうか。
誰か、夢だと言って。
私の前には血塗られた彼の姿だった。

「アス・・・ラン・・・?」

呆然と立ちつく私。
周りの人々の視線が私に移る。
それは同情にも似た視線。
そんなものは私には今感じることさえ出来ない。
目の前の非現実的な現実に打ちのめされて壊れそうだった。
彼の元まで歩いていくと私の姿が目に入ったのか力ない笑みを浮かべた。

・・・来て、くれ・・・た・・・」
「喋るなっ!治癒は・・治癒は!!」

混乱する頭で彼が助かる方法を考えようとする。
私が出した言葉に同じ軍人であるジェイド・カーティスが首を横に振った。
それは助からない事を意味していた。
私は悲痛な顔を隠せないままアスランを見る。
血に塗れた貴方は苦しそうに息をしている。
すると力なく私の方にアスランの手が伸びてくる。
私は、その手を掴み両手で包む。
少し、冷たくなった手がリアルだった。

「ごめ・・・ん。もっと・・・一緒に、いら・・・れたら・・」
「そんなこと言わないでよ・・・!!最期みたいな言い方ないじゃない・・!!」
「ご、めん・・・この・・・肉体が・・・亡んでも、傍に・・・居るから」

そんな事言わないで、ずっとその温もりを私に感じさせてよ。
そう思うけど彼の苦しげな表情を見ていて私は無理な事を確実に実感する。
苦しげな彼を見続ける事は私にとって苦痛でしかなかった。
私はそっと短剣を取り出す。

「なっ!?アンタ何してんだっ!?」

紅い髪の少年が叫ぶ。
けれど、私は手を止めない。

「アスラン、もう眠って良いよ・・・」
・・・あり、がとう・・・愛し・・て、いた・・・」

私のしようとしている事を悟り、それを呟くと彼は静かに瞳を閉じた。
それを合図に私はゆっくりと彼の左胸を正確に突いた。
彼の血が私に飛んだ。
そして、彼の身体はすぐさま冷えていった。
呻く声も聞こえなくなり、呼吸も途切れた。
無音な空間。
それを破ったのはさっきの少年だった。
私に掴みかかり、力の限り叫んだ。

「なんで・・・!!なんで殺したっ!?」

少年の瞳には涙が浮かんでいる。
それを止めるようにジェイドがルークの腕を掴んだ。

「やめなさい。ルーク。彼女を責めるのは間違っています」

その言葉に少年・・・ルークは「なんでっ!?」と聞き返す。
そう、この行為がわかるのは軍人だけだ。
戦いの際、致命傷を負った味方に止めを刺す事がある。
理由は簡単だ。
痛みを長引かせない為。
楽にさせてあげる為。
幾度となく私にだって、ジェイドにだってそんな場面があった。
彼はわかっていた。
いや、むしろ今私がした行為が普通の事だと受け止めていた。
でも、一般人であろう彼にはこの行為を理解できないのだろう。
私を責めるような視線。
それが確実に射抜く。
そして、掴みかかられたまま離される事のない手。
しかし、見かねたジェイドがルークの胸倉を掴んだ。

「貴方はわかっているんですか!?今、その行為がどれだけ彼女を傷つけているか!!」
「なっ・・・!?」
「私達、軍人はこんな場面に何度も遭遇する。その際、私達に出来る事はその者達を早く楽にしてあげる事しかないんです」

ルークは目を丸くして驚いていた。

「彼女は今彼の苦しみを断ち切ったんですよ!それが唯一できる事だから。
彼女にとって恋人を自らの手で殺す事がどれほど辛いか貴方にも判るでしょう!?」

滅多に声を荒げないジェイドの声を私は呆然と聞いていた。
そして、言葉をまだ続けようとする彼の腕を掴みそれを止めた。

・・・」
「もういい・・・もういいよ。ジェイド。変わりはしないんだ。
私がアスランを殺した事には・・・だから・・・もういいんだ・・・」

その言葉に誰もが言葉を詰まらせる。
そう、彼はもういない。
この世には永久に。
彼を助けたなんて聞こえがいいけれど。
本当はきっと私自身が楽になりたかったんだ。
彼を殺す事で彼の苦しむ声を顔を見ずに済むから。
きっと助けれらたのは彼ではなく私だったんだ・・・
ごめんね?
アスラン。
ごめんなさい・・・
いつか、私も貴方の傍に行くから・・・
私の手のひらには貴方の血で汚れた慈悲の剣(ミセリコルデ)だけ。