「馬超とやらはお前か?」

現れた女に思わず不覚にも魅入ってしまった。
言葉では形容しきれないその妖艶で艶美な美貌に沈黙したのは決して俺だけではなかった。
先程まで凪いでいた風も囀っていた小鳥達ですら彼女が現れたと同時に沈黙する。
氷雪の様な美女は硬直していた俺に近付くと口角を上げて鮮やかに微笑んだ。

「錦馬超とは噂よりも初心で可愛らしい男なのだな。啼き声が聞いてみたいものだ」

俺は、その時、幻聴かと更に硬直した。






妖艶気ままな姫君







「という訳で私の義姉で月英の実姉である殿を武将として迎える事となりました」

その美女の正体が諸葛亮の口から明かされた。
常々よりその武勇と知勇より勧誘はされていたらしいが此度急に了承の意を示してくれたらしい。
これに殿は喜び、月英も実姉と共に戦える事が嬉しいのかいつもよりも柔らかな印象を受けた。
そう、この紹介の時にはまともだったので"あれ"は俺が聞いた幻聴だったのだと思っていた。
だが、やはり、現実とはかくも甘いものではなかったという事が数日後には直ぐに判った。

「何を怯える?錦馬超と名高い武将である
卿がたった一人の女に怯えるとは笑い話にもならぬぞ?」
「わ、笑い話にならずとも結構!!それよりもその手を離せ!!」

思わず敬語も崩れてしまうのは仕方ない事だと誰もが口を揃えて言うだろう。
何せ、尻をがっちりと女性に鷲掴みにされるは、
それがまた絶世の美女ならばある種の恐怖を覚えるのは当たり前。
勿論、振り払えるものならそうしたいが
の力は女性とは言い難い、寧ろ、並の男よりも屈強な力だった。
冷や汗が止まる事無く額から流れ落ちる。

「嗚呼、お前は本当に私の好みを突いてくる男だな。良い、良い」
「俺は、良くないっ!」
「何、取って食おうと言う訳ではないのだからそう身構えずとも直ぐに果てるだけだ」
「果てる!?何が!?」

恐怖に顔を一層青褪めさせているとそこに諸葛亮が通りかかった。
視線で救いを求めれば諸葛亮は溜息を吐き、少々躊躇いがちにを制止に掛かった。

「義姉上殿、馬超が困っていらっしゃいますし、
ここは往来です。どうか御自重して頂けませんか?」

遠慮がちな説得にはゆるりと俺から離れる。
流石に妹の婿の言葉を無下にはせぬかと安堵していると意気揚々としていた様子等、
微塵も見当たらない残酷さを具現させた様な声が響き渡った。

「孔明、この私がどういう条件で武将として殿に仕えると承諾したのか忘れたのか?」
「そ、それは・・・」

一体条件とは一なんなのだと聞き入っているとの手が顎に掛かり、悩ましげになぞられる。
思わずぞくりと肌が粟立ち、羞恥が顔に朱を引かせる。
そして、衝撃の事実をにやりと意地の悪い笑みを浮かべてその形の良い唇から紡がれた。

「私が最近見初めた馬超を好きにして
いいというから承諾したというに筋違いな事を申すまい?弟よ」
「なっ・・・!?何だそれは!?どういうことだ!?」

衝撃的過ぎる発言に諸葛亮に詰めよれば明後日の方角を見て申し訳無さそうに口を開いた。

「少しでも軍事力を高める為の尊い犠牲が貴方なんです」
「意味が判らん!!何よりも人を物の様に捧げるなっ!!」
「ですが、承諾するしないにせよ。この方はあらゆる手を使って貴方を手に入れたと思いますよ?
ならば有効活用した方が殿為にもなろうものです。そう、貴方さえ犠牲になればそれが国の為となるのですよ」
「だからといってそれなら良しと頷けるか!!」

押し問答を続ける俺と諸葛亮の間には黙したまま割り入るとにっこりと微笑んだ。
幾ら正体を知ったからといってもそれに硬直してしまうのは生理現象だ。

「私を置いて何時まで離している気だ?
大体、軍師ならば時間も掛けずに言い包め。この・・・」

一度間を置いたかと思うと持っていた扇で口元だけを覆って鋭い瞳を光らせた。

「どクズが・・・」

この世の終わりとでも思える様な冷たい響きの声色に
大の大人の男二人が女性の前で震え、怯える情けない姿がそこにはあった。


綺麗な華には棘と毒と死があった。
(何を馬超まで怯えている?ふふ、愛い奴よ)
(この時、俺は、自分の結末を悟った)