こんな事が許されようものか。
こんな事があって許されようものか。
胸に"それ"を抱いて俺は黄昏の空のその彼方を睨みつけた。
視界は酷く滲んでいて、ただ、紅だけが焼きつく。






黄昏の慟哭は夢幻に散る







数秒の差がその悲劇を生んだ。
敵の勢いに不覚にも押されてしまい、死を予感したその瞬間。
自分を覆った影と耳障りな肉を裂く音。
その音は二つ響き、俺は目を見開いて自分の前方を見た。
視界には認めたくない現実があった。
敵将の首を飛ばした彼女の腕がだらりと力を失くし、剣が滑り落ちる。
そして、最後の力で自身に刺さった剣を引き抜くと
唇から零れ落ちる血をそのままにこちらに振り返り、泣きそうな顔で微笑んだ。
鮮やかなその笑顔はさらにこの現実を夢幻かと思わせる。
だけど、崩れ落ちてきた彼女の体を抱き止めて、その重さを感じた瞬間。
それは一気に現実となり、俺を襲った。
様々な感情が噴出して、瞳からは止め処なく雫が流れる。
彼女の傷口から流れる赤い命と同じく止め処なく、止め処なく流れる。

(―――嗚呼、なんだ、これは・・・何なんだ?これは・・・!?)

止まらない血液が俺を汚し、濡らしていく中、急激に失われる彼女の体温。
彼女は震えながら必死に俺の頬へと手を伸ばし、触れた。

「良かった・・・貴方様に怪我がなくて・・・」
「何を、言っている!お前が、お前の方が・・・!」

こんな怪我をしてしまって、と言葉を続けようとしたがそれが言葉になる事は無かった。
そっと唇に当てられた彼女の人差し指がそれを制したのだ。
彼女は瞳を伏せて、首を軽く横に振ると震える声で紡いだ。

「良い、のです。貴方様の、命がま、もれたならば・・・
は本望、なのです。です、か、ら、どうか・・・生きて、下さい、ませ・・・」
「そんな事を・・・そんな事を言わないでくれ!!俺は、お前が・・・!」
「共に、生き抜けぬ、事だけが、心、残りですが・・・おわ、かれ・・・です・・・」
「最期の様な事を言うなっ!!!!」

必死に叫び訴える言葉も届かない。
力なく崩れゆく彼女に出来る事など一つたりともなかった。
最期に聞こえた彼女の声は貴方様の傍に入れて幸せだった、という一言だった。
俺は、息を引き取った彼女を強く強く掻き抱いて、咆哮を上げた。
そうでもしなければ壊れてしまいそうだった。
部下であり、仲間であり、友であり、愛すべき人であった彼女の死は
俺に重く圧し掛かって、俺を押し潰してしまいそうだったから。
咽び泣いた俺の心は悲しみから怒りへと塗り替えられて、そして、暫くののち落ち着きを取り戻した。
そして、最期の彼女の姿を刻み付けるべく、腕の中の彼女に視線を落とす。
穏やかな微笑を称えた顔に生々しい赤い血が化粧の様に彼女を彩る。
それが俺の見た最愛の人の最期の姿だった。

「―――――っっ!?ゆ、めか・・・?」

荒い呼吸と共に飛び起きた俺を月光が静かに照らす。
呼吸を整えて、水差しの水を少し喉に入れると額に浮かんだ汗を拭った。
幾度目だろうか、この夢を見るのはと溜息を吐く。
彼女を失ってからも長年俺を苛む悪夢。
夢であろうともあの光景を幾度も見るのは苦痛でしかなかった。
この手で守れなかった最愛が今、俺を苦しめるのは弱かった俺への罰なのか。
悩んだ所で答えが出る筈もないかと再度溜息を吐くと再び体を横たえた。

・・・」

呼んだ名前に返事が返ってこないのは判りきっている事なのに思わず呟く。
そして、結局何も返ってこなず、静寂だけを感じると自嘲を含んだ苦笑を浮かべて瞳を伏せた。
再度、夢へと落ちる途中、少しだけ隣に彼女の温もりを感じたのは気のせいだったのだろうか。


比例する愛と悲しみ。
(再び彼女の温もりを感じたいという叶わぬ願いに感じた幻想か、それとも・・・)