貴方の存在は水のように染み渡る。
そして、僕は貴方に支配されるのです。






senza di te







「相変わらず真面目だね。バジル君は」

少し苦笑気味で微笑むこの人はボンゴレ十代目となられる沢田綱吉殿の姉君である。
沢田家にしては珍しい艶やかな黒髪を持つこの人はとても壮麗だった。
どんな美しいものよりも美しく気高く。
そして、強い御方。
一目見て拙者はこの方に恋心を抱いてしまった。
決して実らぬ恋だとわかっている。
けれど、抱いてしまった。

「いえ、そのような事はないですよ」
「そういうところが真面目だって言ってるの。それが悪いってわけじゃないんだけどね」

風が彼女の髪を踊らせ遊ぶ。
あまりの美しさに見惚れて固まってしまう。
拙者にとってこの方は神であり、世界であり、光であり、全てだ。
そう思うぐらい拙者はこの人に依存している。
愚かしい想い。
わかっていても裏腹に募るこの想い。
止められなどしないとわかっている。
だからせめて貴方の傍に居て、貴方を守りたいと願う。
それすら罪というならばその時はどうすればいいのだろうか?
そう、思った瞬間、顔を上げてみればそこには黒曜石の瞳が目の前にあった。

「どうかしたの?バジル君?」
「うわあっ!?いいいいいえっ!何も・・・!!」

慌てて数歩下がると彼女はまた僕に近づいてきた。

「そう?私にはそんな風に見えなかったけどな」
「いえっ!本当に・・・」
「ウソ」
「・・・っ!」

白い手がすっと拙者の頬に伸びてきたかと思うとその次に視界に入ってきたのは先ほどよりも近い彼女の瞳。

「嘘は駄目よ?ねぇ、バジル君。私は貴方にとって何なのかしら?」
・・・殿・・・?」

何が言いたいのかわからない。
彼女にこの気持ちが気づかれているのか?
いや、しかし・・・思考が混乱してきた途端、彼女は急に盛大な溜息をついた。

「はぁ・・・駄目ね。私はどうもややこしい駆け引きはできないみたい」
「え・・・?あの・・・?」
「でも、これが私のやり方だからごめんなさい」

彼女がふわりと笑う姿に見惚れていたら唇に何か温かいものが触れた。

「・・・!!」

そう、それは彼女の桜色をした唇で。
それに気づいたのは彼女の髪が自分の顔にかかった時、彼女から香る甘い香りに一瞬くらりと眩暈を覚える。
何が起こっているのだろうか?
そう思った時、彼女の唇が離れた。

「これが私の気持ち」
殿・・・?・・・っ!!」

何をされたか頭が理解した瞬間、拙者は顔に熱が集まる感覚を覚えた。
熱い熱い火照る頬。
その熱を感じてさらに触れられていた唇を手で隠す。
困惑している拙者を見ながら殿はふわりと笑った。

「わからない?私、貴方が好きよ。バジル」

いつもと違う名の呼び方。
告げられた想いに。
気持ちは暴走を始める。
ストッパーなんてもう存在しない。
殿、後悔しないでください。
貴方が・・・貴方が拙者をこうも駆り立てたのですから。

「それは・・・真ですか・・・?」
「当たり前でしょう?ふざけてこんな事するわけ・・・」

言葉を発しようとした貴方の唇を塞ぐ。

「んっ・・・!」

驚いているのがわかる。
けれど、貴方を拘束する腕の力を緩めず、むしろ強める。
そして、口を開かせ舌を絡ませる。
貴方の想いを貪り吸い取るように。

「んんっー・・・!!」

息苦しいのか殿が拙者の服を掴む力が強まる。
それと同時に拙者は唇を離した。

「はぁ・・はぁ・・・」
「大丈夫・・・ですか?」

さすがにやり過ぎたかもしれないと思って尋ねると殿はそのまま胸へと飛び込んできた。

「いきなり、なんて卑怯よ」

顔を拙者の胸に埋めながら言う彼女の仕草に目を見開くがすぐさま嬉しくなって笑ってしまった。
そして、そのまま抱きしめる力を強めてこう言うのだった。

「貴方を愛しています。殿」

ようやく告げた拙者の気持ち。
それを聞いた途端、腕の中の貴方がピクリと動いた。
ゆっくりとゆっくりと顔をあげる。
腕はまだ、背に回されたままだ。
次の瞬間、貴方は聖母のように慈悲深く美しい笑顔を浮かべてこう言うのだった。

「そんな事、前から知っているわ。だって私は貴方を愛しているのだから」

嗚呼、本当にこの方は・・・
そう思うと同時にまた愛おしくなって今度は軽いキスを彼女の唇に落とした。
実らぬ恋だと思っていた。
身分が違い過ぎるそう思っていた。
けれど、それを貴方に問うと貴方は呆れたようにこう仰った。

「そんな時代錯誤な考え捨てちゃいなさい。反対する者が居たならば捻じ伏せればいいのよ」

と、貴方は言った。
呆気にとられて呆けていると貴方は拙者の耳元に唇を近づけ内緒話をする子供のようにこう言った。

「だって愛する者たちを止める事は昔から誰にもできないのよ」

そう言いながら笑う貴方を見た途端、そうなのかもしれないと思ってしまう。
貴方の全てが拙者に染み渡る。
貴方を愛してしまった瞬間から拙者はもう貴方なしでは生きてはいけなかったのです。



(貴方は拙者の世界であり、全てで生きていくには貴方が必要なんです)
(私も貴方は酸素みたいなものだからないと生きていけないのよ)