「ただいま〜」

呑気な声と共に玄関の扉を開けて勝手知りたる家の中へと入っていく。
すると、リビングから少し青褪めた弟が顔を出す。

「げっ!?姉!?何で家に!?」
「・・・実家に帰って来てはいけないみたいな言い方しないでよ。ツナ」
「い、いや、そう言う訳じゃないけど、今ちょっと、何て言うか・・・・」

久々の対面なのに歯切れの悪い弟の物言いに怪訝そうに眉を顰める。

「何が言いたいのか判らないけど
もう帰って来ちゃったし、取り敢えず母さんに帰って来たって言わなきゃ」
「ちょ、ちょっとまっ・・・!」

焦るツナの脇を通ってリビングへと入るとそこには物凄く可愛い天使の様な男の子が居ました。






甘い恋する少年少女







「沢田殿、この方は?」

見目麗しい異国の美少年に思わずフリーズしているとその少年から紡がれる美声に我に返る。

(可愛いと思いきや殿って!?殿って!?それがまた可愛さを引き立ててしまうなんて!!)

予想外に日本語がペラペラだが少し変わった物言いに
その場に崩れ落ちそうになるのを必死で堪えて笑顔を浮かべた。
尋ねられた弟が何故か固まっているのだから仕方ない。

「初めまして。綱吉の姉のです。失礼ですが貴方は?」
「あ、拙者はバジルと申します。十代目こと沢田殿にはいつもお世話になって・・・」
「うわあああ!!ば、バジル君!!」

丁寧に自己紹介してくれていたバジル君の声を遮って急に覚醒した弟が彼の口を塞いだ。
一体何事だと思いながらも十代目って?と色々な疑問が頭に過ぎる。
ツナは何でもないと言って両手を振って誤魔化そうとしているが
今更そんな事で誤魔化される程、私は母さんみたいな天然ではない。
私はにっこりとツナに詰め寄って言った。

「十代目って?ツナ、詳しく話して貰いましょうか?」

ツナはその笑顔に焦燥の色を浮かべるがそこに何か黒い物体が降って来る。
一体、何だろうかと思えばそれは・・・

「・・・・赤ん坊、よね?」
「リボーン!?」
「おい、ツナ。おめぇまだ姉貴に説明してなかったのか」

普通に喋り出した赤ん坊に少々驚くがもうこの際、気にしない事にして彼に問い掛ける。

「あの、取り敢えず説明して頂いてもいいかしら?」
「ダメツナがこの調子だし、仕方ねぇな。俺が説明する」

凄く偉そうな赤ん坊ことリボーンはそのまま事情を説明し始めた。
弟のツナがいつの間にかボンゴレファミリーの十代目ボスに選ばれたとか
父さんまでもがまさかのマフィアで目の前に居るバジル君はその部下であるとか。
もう全てを聞き終えた時には夢かと思ったがどうにも面々の反応を見ると現実らしく私は溜息を吐いた。

「取り敢えず状況は理解したわ。それにしてもツナがマフィアのボス、ね。
父さんの事もバジル君の事がマフィアだって事自体驚きなのにね。何というかちょっと混乱してるわ」
「その割りにはは冷静に見えるぞ」

リボーンの的確なツッコミに私は苦笑いを浮かべた。
確かに混乱と言っても急に様々な話をされたからというだけで辻褄は何となくあっているし、
先程、リボーンが現れた時の気配のなさから唯者ではないと言う事は判っていたのだ。
だって、私は武術の心得がある人間だから多少人の気配には聡い方。
あんなに気配なく現れるのはやはりその道の人間しかいないと思ったのだ。

「まあ、こんな大層な嘘を吐く物好きもいないでしょう?だから、本当だと思ったの。
でも、全てが本当ならリボーンやバジル君にはかなり弟がお世話になったみたいだし、姉として御礼を言わせて貰うわ」

ありがとうと二人に向かって告げれば隣のツナは逆に照れ臭がって喚いてそれをリボーンに撃沈された。
バジル君はバジル君で謙虚な性格なのか両手を振って慌てる。

「い、いえ!拙者は殆ど何もしていませんから!!」
「―――――っっ!!」

思わずにやけそうになって口元を片手で覆い、背を向ける。

(可愛い・・・抱き締めたいっ!!)

欲望に駆られてそんな衝動を覚えるも相手は年下なのだからと必死に堪える。
すると、それを見ていたリボーンが何かに気付いたらしくにっと意地の悪い笑みを浮かべた。
視線が思わずあって何かしらと不思議に思っていると心配したバジル君が私に駆け寄ってきた。

「ど、どうかなされたのですか!?具合でも悪いのでは?」
「え?そうなの!?」

バジル君のその一言にツナまでそう勘違いしたので私は慌てて顔を上げる。

「ち、違うわ。大丈夫よ」
「・・・ツナ。をちょっと借りるからお前はバジルと特訓の話でもしてろ」
「え?」

唐突なリボーンの一言に驚きながらも私に視線で廊下にと訴えられたので立ち上がる。
ツナはそんなリボーンに対して反論する。

「お、おい!リボーン。何か企んでるんじゃないだろうな!?」
「うるせぇ。お前は言われた通りにしとけ」
「いだっ!?」

頭に踵落としを喰らわされたツナが頭を抑えながら悶絶する。
あの小さい足にどれだけの威力があるのかと不思議に思うもリボーンが歩き出したのでそれに付き従った。
そして、廊下で向かい合うとリボーンが私の肩に乗って耳元でこう囁いた。

。お前、バジルに一目惚れしただろう」
「!?」

図星に近しい事を突かれて私は顔を紅潮させる。
それはもう肯定としか取れない反応だった為、リボーンがにやっと笑った。

「やっぱりな。そこで俺から一つ提案がある」
「て、提案?」
「バジルとの仲を取り持ってやるからその代わり俺に協力する気はねぇか?」

一体、何に協力させられるのだと不安に思い、返答に迷う。
すると、ここぞとばかりにリボーンは私に囁いた。

「バジルと恋人になったら何でも出来るんだぞ?
抱き締めようがキスしようが恋人同士なら誰も文句は言わねぇし」
「そ、それは・・・で、でも、バジル君自体が私に惚れないと・・・」
「だから、俺が協力してやるって言ってるんだ。俺に任せておけ」

悪魔の様な囁きに私は物凄く心の中で葛藤するが最終的に首を縦に振った。
恋は盲目と言うが本当にその通りだと自嘲と苦笑混じりの笑みを浮かべた。
それから数日。
私はリボーンに協力するという約束を守る為、険しい山道を登っていた。
と、いうのもリボーンがして欲しいと頼んだ事は
修行をしているツナ達の為の昼食を持って来てほしいというものだったのだ。

「確かに私に頼む訳よね・・・凄い山道険しいもの」

私にとってはそこまで苦ではないが並の女じゃ無理だと思う。
それにしてもあのリボーンは私が並の女じゃないとまで見抜いていたのだから凄い。
あのリボーンが居るからこそツナも成長したのかとここ数日ですぐ判った。

「本当にリボーンには頭上がらないわ」

本当に深くそう思う。
何せここ数日間の間にすっかりバジル君と仲良くなれたのだから。
一緒に御飯を食べたりするという効果はかなり侮れないものがあるらしい。
手料理で男は手懐けろとはよく言うけど本当にその通りだ。

「あ、居た。リボーン、ツナ、バジル君!お昼持ってきたわよ」
「丁度良かったぞ。ツナ、バジル。修行は中断だ。飯にするぞ」
「やっぱりお前の腹優先かよ!?」
「うるせぇ。口答えするな」

リボーンとツナが言い合いをしている中、
バジル君がこちらに寄って来て私が持ってきた荷物をさり気無く持ってくれた。

「いつもご苦労様です。殿。拙者が持ちましょう」
「―――っっ!!あ、ありがとう」

天使の笑顔を貰えるだけで充分だと叫び抱き締めそうになるのを堪えながら歩き出す。
平常心だと自分に言い聞かせてリボーン達の元に向かうと何故か私を見てリボーンが笑った。

「ツナ。飯を食う前にちょっと話がある来い」
「は?いきなりなんだよっ?」
「いいから来い」
「いだだだだっ!!引き摺るなっ!!」

引き摺られて唐突に去っていく、リボーン達を唖然と見つめる私とバジル君。
そこで私はハッとある事に気付く。
もしかしたらリボーンは今の内に告白してしまえとかそういう事を意図して先程笑ったのではないかと。

(む、無理だって!!)

思わず心の中で叫ぶがそれでどうこうなる話でもない。
もし告白しなかったらその時の方が何されるか判らない気がするのは何故だろうか。

「行ってしまいましたね。どうしましょうか。殿」
「え?そ、そうね。取り敢えず私たちだけでも食べましょう!」
「そうですね。では、拙者が用意しますね」

バジル君の声に我に返った私は若干上擦った声を上げてしまったが何とか気付かれずに済んだようだ。
自分に落ち着けと言い聞かせながら私も慌てて準備をするバジル君を手伝い始めた。
そして、二人とも座りお弁当を手にするといただきますと声を揃えて食べ始めた。
正直、意識をし過ぎて味がしない。

殿は本当に料理上手ですね。今日のお弁当もとても美味しいです」
「そ、そう?母さんから教わったからかもしれないわ。
私なんて本当に母さんに比べればまだまだ下手なの。だから、そう言って貰えると嬉しい」
「そうですか。そう言えば親方様によく奥方の御話を聞きました。料理上手で笑顔の可愛い人だと」
「そうなの?母さんも父さんも見てるこっちが恥ずかしくなる程、
仲が良かったから当然か。惚気ばっかりでバジル君も大変でしょう。あの父さんの部下で居るの」

延々と母さんの話をする父さんの姿が容易に想像出来て笑ってしまった。
すると、バジル君は慌てて首を横に振った。

「い、いえ!そんな事ありません。御話しか聞いた事はありませんでしたがとても羨ましいと思った程です」
「本当に?気を使わなくてもいいのよ?」
「本当ですよ!拙者は親方様も尊敬しています。だから、本当に羨ましいと思いました。
いつか自分にもそんな人が出来ればといいなと思う程に。例えば・・・その、殿みたいな・・・」
「・・・・・え?」

急にこちらから視線を逸らしたかと思ったら予想外な言葉が飛び出した。
父さんと母さんみたいな関係に憧れていて自分もそんな人を見つけたい。
そこまでは判る。
そんな人に例えば私みたいなって・・・それって・・・
言葉の意味を理解するに連れて自分の頬が赤くなるのが判る。
不意打ち過ぎる言葉だがこれは告白と受け取っていいのだろうか?

「えっと・・・それって、あの・・・」

おずおずと私が訊ね返そうとすると意を決した様にバジル君がこちらを見た。
その顔は天使の様に可愛いと思っていた私の印象を覆す程、凛々しくかっこいいもので心臓が大きく脈打つ。
すると、膝の上にあった私の手をぎゅっと握ってきた。
思考は真っ白に染まっていき、私はただ言葉を待った。

「こんな時にとは思ったのですがその、拙者は殿の事が・・・好きです。
一目逢った時からとても御綺麗な方だと思って、それからずっと殿の事が気になって・・・」

必死に様々な想いを言葉にする姿に私は真っ白だった思考が戻ってくる。
その一語一句を記憶に刻み付ける様に。
全く困った。
心臓が破裂しそうに激しく脈打つのを止められない。
本当にこれが現実なのか怖くて震えが止まらない。
だけど、感じる手の温もりがこれが現実なんだと知らせる。
私は少し深い呼吸をして意を決した様に向き直った。

「私も、初めて逢った時から好き・・・え?きゃっ!」

言い切るよりも早く抱き締められて思わず声を上げた。
触れ合う全てが私に甘い苦しさを与える。
でも、すぐに少し距離を開けられて互いに見詰め合う。
逆にその距離が互いの吐息の熱さを知らす結果になり、私は熱に浮かされた様に瞳が潤むのを感じた。

殿・・・今、拙者はとても嬉しいです。想いを通じる事がこれ程に幸せな事だとは思いもしませんでした」
「バジル君・・・」
「その、キスをしても良いでしょうか・・・?」

普通聞くかなとか思いながらも何だかそれがバジル君らしくて私は返事を返す代わりに瞳を閉じた。
静かに触れ合った優しいキスはただ、熱く熱く溶けてしまいそうだった。
そして、唇が離れると私達はどちらからともなく笑い合った。
幸福に満ち溢れた大輪の華の様な笑みを。


心地の良い熱と苦しさ。
(触れ合う先から伝わる熱が狂おしく愛おしく幸せだった。)