まさか貴方とこんな運命を辿るなんて想いもしなかったよ。
嗚呼、愛しい人、どうか許してください。
これは私のエゴなんです。
これは私の運命だったのです。






硝子の亡骸に死に損ないの愛を







。なにやってんのさ」
「ベル・・・まさか、貴方が来るとはね・・・」

血の海の上に立ち尽くす二つの人影。
女は顔や衣服に大量の返り血を浴びている。
男はただその女を見つめていた。

「ねぇ?今ならまだ戻れるよ」
「・・・・」

顔色変えずにただ女は男を見つめた。

「ねぇ?聞いてんの。
「聞いてるよ。ベルフェゴール」
「なら何故何も答えないのさ」

ベルフェゴールと呼ばれた男はと呼ばれた女を怪訝そうに見た。
は顔を歪ませて言った。

「もう、駄目なんだ。私は」
「・・・何が駄目なんだよ?」
「人を・・・もう、殺せない」

これには少なからず驚いたベルフェゴール。
では、今までここに来るまでは人を一人も殺してない?
そんな風には見えなかったけれど一瞬、二人だけだった空間に響き渡った。

「ううっ・・・・」

それは倒れている男の一人の声だった。
意識はまだ回復していないらしいが傷の痛みによって呻いたのだろう。
それを聞いて事実と化した真実にベルフェゴールは再び視線をに戻す。

「ヴァリアーの中でも最も殺しが巧かったがねぇ・・・」
「そうね。それももう過去の話よ。今の私は人を殺せない。わかるでしょ?
その意味が。マフィアで・・・ヴァリアーで生きる私にとってはそれは致命傷なのよ」

苦しげに吐かれた台詞。

「なんでか理由がわかんないの?わかったならまた戻ってこれ・・・」
「無理よ。私はもう、二度と人を殺せない」
「・・・どうしても?」
「・・・・・・」

無言は肯定。
ベルフェゴールはそれを悟り「そう」と呟いたと同時ににしっかりと向き直った。
それと同時に血がピシャリと音を立てて跳ねた。
も自分の武器である刀を構える。

「ならさ。仕方ないよね。ここで死んでも」
「ただでは死なない・・・」
「ふぅーん・・・死ぬ事前提?つまらないね。まあ、いいや。じゃあ、死んでよね。・・・」

その言葉が切れた後、ベルフェゴールは真っ直ぐを狙った。
走ってくるベルフェゴールを見たはふと笑いを浮かべた。
そして、ひっそりと一人呟くのだった。

「ああ・・・ここで終わりか・・・」

それはベルフェゴールにも聞こえなかった一言。
聞こえなかったのは彼女が刀を落としたから。
彼女の刀がコンクリートに落ち、辺りに音が響いた。
そして、それと同時に彼女の胸深くに刺さったナイフ。

「なっ!?」
「・・・ごめんね。ベル」

微笑みながら涙を流すはまるで聖母マリアのようで美しくも儚い。
ベルフェゴールはそのまま彼女を捨てる事も出来ずに抱きとめた。
何故、笑う?
何故、戦わなかった?
そんな想いが脳内を埋め尽くし混乱させる。

「なんで、戦わなかった・・・?」
「好きだから・・・戦えなかったんだ・・・」
「馬鹿じゃない!そんな事を今考えたって仕方がないじゃん」
「あははっ・・かもね。それでも、ね。人を殺せなくなった暗殺者はいつか誰かに殺される運命だったんだよ」

沈みかける意識を必死にはっきりさせようとする。
けれど、霞は晴れず、嗚呼、もうすぐ死ぬんだと女に実感させる。
そして、ベルフェゴールも徐々に冷えていく彼女の体温を感じて、嗚呼、彼女はもうすぐ死んでしまうのだと実感させられた。

「ベル、ごめんね。辛い、思い・・・させて・・・でもね・・・私は・・・ね・・・・殺されるなら・・・」

掠れゆく声を聞き取ろうとベルフェゴールが耳を寄せた時だった。
彼女はこう言い残し命の灯火を消した。

「愛した貴方がよかったの・・・」

一筋彼女の瞳から涙が零れた。
何がいけなかったのだろうか。
そんな想いが過ぎる。

「ねぇ・・・。俺がを殺せてよかったよ」

だって・・・

「愛していたから」

の血で染まった手を見てベルフェゴールは笑った。
声を上げて、叫ぶように。
それは泣けない彼の悲しみの表れだったのかもしれない。
硝子の人形を扱うようにベルフェゴールはの亡骸を抱き上げた。

は誰にもやらないよ。神にも返しはしないよ。
綺麗な姿で俺の傍に置いてあげる。嬉しいだろ?王子の傍に死んでも居れるんだからさ!」

悲劇と呼ぶには余りに残酷な二人。
でも、これが彼らの愛の形なのだった。



ならどんな姿になっても愛せるよ。だって俺、王子だもん。)