殺戮は夜鳴く獣の慟哭
幾度、血塗れればこの心は満たされるのだろう。
幾度、人を殺めればこの心は満たされるのだろう。
泣けもしない心を笑いで染めて、煌く銀の儚い光と共に人の命を消し去る。
嗚呼、無常な日々だ。
そんな時、一人の女が通った。
丁度、そこに居た人間たちが単なる肉塊と化した所だ。
普通の女ならばこの場から逃げる所なのだけれどこの女は違った。
「悲しそうね。貴方」
凛していて澄んだその鈴の音のような声。
そして、淡々とした表情と抑揚とそれが奏でた言葉の意外性に目を見開く。
そして、思った。
嗚呼、俺が求めていたのはこれなのかと。
運命なんて陳腐な言葉で片付けられる程のものではない。
この至福の瞬間、言い知れぬ喜びが全身を駆け巡る。
俺はナイフを仕舞うと女に近づいた。
女は背丈が高く細い肢体が素晴らしく美しかった。
黒髪は絹糸のように艶やかで瞳の蒼は海のように清らかだ。
女神とも言えるその容貌にしばし見惚れる。
俺はその場にしゃがみ込み彼女の白磁の頬に手を伸ばす。
そして、その女の頬を撫でて問うた。
「アンタ、名前は?」
「私?」
女は表情一つ変えずにそう淡々と応えた。
俺はそれに満足して笑みを浮かべるとこう乞うた。
「か。オレはベルフェゴール。オレと一緒に来なよ」
「貴方と?そうね・・・それもいいかもしれないわ。
私は一人で何も持たない。だから貴方が私を欲するのならあげるわ」
初めて表情を変えては喋った。
美しい笑みを浮かべて。
神聖な気分だ。
これほどに清らかで純粋な気持ちになった事などあっただろうか。
彼女の一言一言が俺の全てを浄化していくそんな錯覚にすら襲われた。
俺は彼女の胸倉を掴むとそのまま唇を近づける。
そして、一気に貪る獣のように。
今まで空いていた隙間を埋めるように。
何度も何度も深く深く交わる度に深く。
永久に続く夢のような時間だった。
顔を上げると少し妖艶さを増したの顔が見て取れた。
俺はその顔を見て笑顔を浮かべるとこう告げた。
「絶対に離さないよ。逃げようとしたって殺してでも止めてやる。俺は王子なんだからは絶対服従。それでもついてくる?」
最後の確認。
今更拒んだって連れて行くつもりだけどそれでも聞きたかった。
「ええ、いいわよ。マイマスター」
彼女の華のような笑みと一緒に紡がれた言葉で俺達の契約は果たされた。
これからの生を共に。
そして、いつか巡り来る命の終わりを共に。
きっと彼女は俺から離れる事はない。
確証があるわけじゃない。
だけど、これは確信だ。
絆とでもいうのだろうか。
それに近しい何かが俺たちの中である。
だから、きっと彼女は俺を裏切らない。
全てを満たす彼女は絶対に裏切らない。
きっと彼女だってそう思っていると思った。
そして、彼女の手を引いて俺は歩み始めた。
朝日が差し込み始めた。
血塗れた路地を後にして至福を手に歩み始めた。
新たな日々を。
満たされた至福の日々を。
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