白と黒のコントラスト。
雪の様に白いバニラのジェラートに風味の濃いエスプレッソを注いで。
溶けたのではなく溺れたそれを銀のスプーンで掬って口に含めば。
甘くほろ苦いそのドルチェ。
アッフォガート・アル・カッフェ
「さて、仕事の話はこれ位にしましょう。今からドルチェの時間なのにそんな血生臭い話は似合わないわ」
「それもそうだな。で、今日もドルチェに煩いネーロレジネッタは今日はどんなものを出してくれるんだ?」
ネーロレジネッタ・・・黒の女王の異名を持つは穏やかに微笑み合図を指を鳴らす。
すると、二人のメイドが入って来てそれぞれに出されたのはバニラのジェラート。
ドルチェ好きのがジェラートだけを出すとは考え辛く、
ディーノが首を傾げているとメイドがそのジェラートの上に何かを注いだ。
コクのある香りと共に注がれたのは黒のエスプレッソ。
それがジェラートの上に掛かれば色が混じりあい渦を描く。
そこで漸く合点がいったとディーノが手を叩く。
「成る程。アッフォガート・アル・カッフェだな?」
「ご名答。いいコーヒー豆だから飲むのではなくどうせならばドルチェで楽しみたい。
そう思ったから今日はこれを出したのだけれど。お気に召して頂けたかな?ディーノ?」
「流石。ドルチェ好きのネーロレジネッタ。恐れ入ったよ」
してやられたと大袈裟なジェスチャーをするディーノを見て楽しそうに声を上げる。
「光栄だわ。さあ、早く召し上がって。全て溶けてしまっては無意味なドルチェなのだから」
その言葉にそれぞれ純銀製のスプーンを手に取るとエスプレッソの熱で溶けたジェラートを一掬いする。
そっと口の中に含めば熱々のエスプレッソと冷たく冷え切ったジェラートが交じり合い適温に。
広がる甘い香りとジェラートが混じったエスプレッソの仄苦い余韻。
絶妙なハーモニーのそのドルチェにディーノも穏やかな笑みを浮かべる。
「美味いなこれは。今までで食べたアッフォガート・アル・カッフェの中で一番美味い!」
「そう?それならうちのパティシエールも喜ぶわ」
「そうか。しかし、本当にはドルチェが好きだな。出会った時もドルチェ片手だったか?」
懐かしむ様に思案するディーノにも記憶を辿る。
出会ったのはもう随分前の事の様に思える。
だが、出会ってからまだ数年しか経っていない。
初めて出会ったのはイタリアのカフェで。
それもテーブル一杯に洋菓子を広げて。
「カフェでティータイムを楽しんでいたら貴方にネーロレジネッタかと尋ねられたのよね」
「そうそう。それもドルチェを楽しんでいる時にその名で呼んだから怒られたんだよなぁ」
はそれを思い出して憤慨する。
「当たり前よ。ネーロレジネッタの異名は裏の世界でしか通じない。
なら、それを知ってる人間は裏の者。敵かと思うのが普通だからよ。言ったでしょ?ドルチェを楽しんでいる時は・・・」
「「血生臭い話はしない」」
異口同音。
ぴったりと同じ事を告げた事でしてやったりのディーノともう一つの声に驚ききょとんとした。
暫く見詰め合うとどちらから無く噴出した。
「ふふっ。本当にディーノがそんな気さくな性格じゃなかったら気が合わずに殺っちゃってたわ」
「おいおい。恐ろしい事言うなよな。まあ、そう簡単にやられたりしないけどな」
「そうね。キャバッローネのボスだもの。それに早々簡単に死ぬマフィアなら味方になんてなってあげないわ」
穏やかに恐ろしい事を言っている様な気がするがこの程度は血生臭いとまでは行かないのであろう。
互いにアッフォガート・アル・カッフェを食しながら穏やかに微笑み合う。
会話は楽しげなリズムを刻み楽しげな一時が過ぎていく。
そして、ドルチェを食べ終えるとが一際鮮やかな笑みを浮かべて告げる。
「実は今日アッフォガート・アル・カッフェを用意したのには理由があるの」
「ん?そうなのか?一体どんな理由があるんだ?」
不思議そうにを見つめるディーノにゆっくりと手を組んで語りだす。
少し伏せられた瞳は長い睫により陰影が現れる。
「アッフォガート・アル・カッフェはジェラートがエスプレッソに溺れるというドルチェ。
だけど、さっき見た様に黒だったエスプレッソはジェラートに注がれれば色を変えカフェオレの様な色に変わるでしょう?」
「そうだな」
「エスプレッソは色を変えた。ならば本当に溺れているのはジェラートかしら?」
「?」
意味ありげな言葉にディーノは首を傾げる。
言いたい事がいまいち理解出来ないらしい。
それを察したがまた言葉を続ける。
「つまり本当に溺れているのは黒のエスプレッソという事よ」
「そうか。確かに見方を変えればそうとも取れるな」
納得と言う様に頷くディーノだったが「あれ?」と声を上げる。
そして、まだ不敵な笑みを浮かべるを見つめて再び問いかける。
「それは判ったけどさ。それとアッフォガート・アル・カッフェを出したもう一つの理由ってのは?」
形のいい唇がゆっくりと弧を描くと再び開かれてこう告げた。
穏やかに凛とした声で。
「黒はネーロ。私とも取れるでしょ?純粋無垢な貴方はバニラジェラートと例える。
そうすればおのずと意味は判る筈よ。幾ら鈍感極まりない貴方でもね。ディーノ」
「?・・・エスプレッソが本当は溺れている・・・そんでエスプレッソがでジェラートが俺」
ゆっくりと確認するディーノはじっと無くなったアッフォガート・アル・カッフェの容器を見つめる。
それを楽しげに見守る。
「そうそう」
「つまりが・・・!?」
漸く答えに至ったらしいディーノは目を丸くして勢い良く顔を上げた。
そして、微笑むを見てかぁああと顔を紅く染める。
その顔はまるで苺か林檎の様に熟れて紅く。
ディーノは隠すように口元を腕で覆った。
だけど、それだけで隠れる筈もなく見えた肌色は見事に紅かった。
「漸く気付いたかしら?ディーノ」
「おまっ!?ええ!?」
大きな声で叫ぶディーノを諌める様に少し厳しい口調で言葉を投げ掛ける。
「動揺し過ぎよ。ファミリーのボスならいつでも冷静に状況を見極めなさい」
「お、おぅ。すまん。じゃなくて!いや、それって・・・」
思わず疑問が吹き飛びそうになったディーノだったが頭を振って話に戻る。
すると、は目を細めて満面の笑みを浮かべた。
「貴方に私は溺れています。その意味は貴方を愛しているという事。
さて、この私の最高のドルチェ。受け取っていただけるかしら?ディーノ」
魅惑的な微笑みにディーノは息を呑み、ゆっくりと息を吐くと紅い顔のまま静かに口を開いた。
まだ若干の照れはあるようだが真剣な瞳でしっかりとを見据える。
「当たり前、だろ?俺もを・・・愛してるんだから」
「それはそれは光栄の至り」
余裕のに翻弄されたディーノは照れながら額を叩いて悔しげな声を漏らすのだった。
その仄苦く甘いドルチェはまるで愛の様。
(Mi ami?−私の事愛してる?−)
(Ti amo da impazzire!−気が狂うほど愛しているよ!−)
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