闇より生まれ出でたような漆黒を纏う人に私は恋をした。
そして、その想い人も私に恋をした。
これ程の幸せがあっていいのだろうかとすら私は思う。
人である私の身には身に余る幸せ。






抱き合って眠りにつこう







「寒い・・・」

日の入らない冥界の夜は時々凄まじく冷える。
日差しが入らないのだから当たり前かもしれないが。
この冥界に住み始めて一年程しか経っていない私にはまだこの夜は慣れきれない。
時々、ふと目が覚めてしまう。
そして、薄暗い部屋で想い耽ることが多々ある。
元よりこの世界の人間でない私。
そんな私がこの世界に来られただけでも奇跡に近しい。
ならば、いつか帰る日が来るのだろうかとこういう夜は不安になる。
最近は特にそう思うようになった。
きっと恋焦がれ、我が身よりも大切な人が出来たから。
恐れ多くもその人はこの冥界を統べる神。
私なんかを愛してくれたことすら気まぐれかもしれない。
なんて、彼に言ったらきっと怒られるのだろうけど。
私はそう思うと自然と笑いが込み上げてきた。
そして、再び眠りにつこうとベッドに身体を沈める。
すると、ドアを二、三度叩く音が静寂に包まれた部屋に響いた。
私は驚き飛び起きると立ち上がりドアに手を伸ばし小さな音を立てて開けた。

「すまない。起こしたか?」
「ハーデス!起きていたから気にしなくていいけどどうしたの?」

扉の向こうに居たのは私の想い人であるハーデスだった。
彼がこんな時間に尋ねてくるのは珍しい。
私は驚きを隠すことすら出来ずそのまま呆然としていた。
ハッと我に返り「とりあえず中に入らない?」と数秒経ってから言葉にすることが出来た。
彼はただ微笑むと私に促されるままに部屋へと入った。
ハーデスが与えてくれた私の部屋はハーデスの部屋に引けを取らない大きさだ。
私はそこまでしなくてもいいと言ったのだが彼がどうしてもというので好意を受け取る事にした。
とりあえずそんな部屋に置かれているこれまた高級そうなソファに私が座ると彼も隣に腰を下ろした。
私はそんなハーデスを見てどこかしら何かを感じ取った。
どこか寂しげで悲しげな感じを。
私は気づけば彼の頬に手を伸ばしていた。
そっと手で触れてみれば彼の頬はひんやりと冷たかった。

「ハーデス?本当にどうしたの?なんだか悲しそう・・・」
「私が・・・か?そうだな。これはそう言う感情なのかもしれんな」

珍しく気弱な彼の言葉に私は不安を隠せない。

「ねぇ、ハーデス。本当に何かあったの?」
「何も・・・ない。だが、ただ不安なのだろうな」
「不安・・・?」

彼の口から初めて聞く弱音。
私は驚いたがそれでも彼もこの世に生きる者なのだから当然だと思った。
そう思っている内に彼は頬に当てていた私の手を取り、手の平に口付けを落とす。
くすぐったくそれでいて甘い感触。
それが手を伝い全身に駆け巡る。

。お前を離したくないと思う私は傲慢か?」
「え・・・?」

急に告げられた彼の言葉に私は目を丸くする。
彼はただそのまま言葉を続けた。

「お前が傍らにいないと落ち着かない。
いつかお前はここに来た時と同じように急に居なくなるのではないかと。
焦燥や不安に駆られる。神である私がだ。・・・それほど私はお前が愛おしい」
「ハーデス・・・」

彼はそう告げると自嘲するように笑みを浮かべた。

「愚かだな。神が何を恐怖することがあるというのだろうか。死すらも操るこの私が。だが、それでもこの衝動を抑えることはできない」

そう言って彼は顔を歪める。
悲しげに寂しげに。
まるで幼子のような彼の仕草。
私は思わず彼を抱きしめた。

「きっと居なくならないとは私も断言できない。だけど、私だって同じよ?
ハーデス。貴方と離れたくない。永久に一緒に居たい。貴方が愛おしいから」

そう言うと彼はそっと私は抱いてくれた。
確かめるようにぎゅっと力を込めて。

「ハーデス。私はきっとその不安を完全に拭う事は出来ないと思う。
だけど、そんな風にハーデスが不安に思う日は今日みたいに抱きしめてあげる。
そして、鼓動を温もりを感じて心に刻んで?私はここに居ると。気休めにしかならないかもしれないけれど私にはこんな事しかできないから」

私が苦笑しながら顔を上げると彼は今度は優しい笑みを浮かべて告げた。

「お前は本当に不思議だな。その言葉だけで不安が払拭される。私もお前が不安を抱え苦しんでいるのならば傍に居よう」

ハーデスはそう言うと私の頬に口付けた。
そして、私を抱きかかえてベッドへと移動する。

「ハーデス??」
「今夜は共に居たいと言ったらお前は拒むだろうか?」

彼の珍しいお願いに私は首を横に振った。
すると彼はまた優しげに微笑み、私を抱えベッドへと身を沈める。
私の身体に回された腕が私を安堵させる。

「ハーデス・・・おやすみ」
「ああ、おやすみ。

彼の鼓動が耳を犯していく。
気持ちよく響く鼓動を子守唄に私はゆっくりと眠りについた。
不安な夜はこうやって一緒に眠りにつこう。
温かな布に包まれて互いの温度を感じあって。
寒い夜でも心も身体も温めあい。
人だろうが神だろうが関係なく。
至福の中で眠りにつこう。