そう、これは少しばかり大きい猫。
そう思えば何も問題はないじゃないか。
いや、問題はかなりあるが。

「何で、先生が俺の上に寝てんだよ・・・」

嗚呼、一体何だと言うのだ。






猫日和







空は雲ひとつなく真っ青に染まりきっていて、
これで虹なんか出てりゃ意味もなく幸せだって程に澄み切っていた。
そんな青が俺の視界を埋め尽くす中、ふよふよと一際煌く黒が踊る。
それが何かと問われれば人の髪であり、
人の髪が何故視界に入るのだと問われれば何故か俺の上で寝ている人物が居ると言う訳で。
何故そんな状況に陥ったかと言われればむしろこっちが聞きたい状況。

「ん・・・すぅ・・・」

思わず漏れる寝息に思わず肩を揺らすが
まだ夢の世界に居る様でもぞっと微かに身動ぎするとそのまま穏やかな顔に戻る。
だが、少しズレた事によって俺の体の上である為、バランスが崩れて転げ落ちそうになる。

「あぶねぇー・・・・!」

小声で叫びながら片腕で身体を支える。
状況から見れば抱きかかえていると言った方が正しい。
薄い白衣の上から感じる肌の感触はとても柔らかく今にも折れそうな程に華奢で。
守らなきゃいけない存在だと庇護欲に駆られる。
実際、大切な人だし傷つける様な奴が居れば勿論守るつもりでいるけれど。
その気持ちをより一層強め、再確認させられた。
でも、そう思う一方で俺も男な訳で。

「流石にこの状況がいつまでも続くのはな・・・」

理性が一体いつまで持つか判らない。
俺の胸に頬を摺り寄せて眠る姿はそれはもう可愛くて髪からは甘い女性特有の優しい香りが。
健全な男子高校生にどんな責め苦だ。これは。

「先生ー・・・起きろよー・・・」

声が小さいのはやっぱり起こすのが忍びないからである。
しかし、このままってのもやっぱりマズい。
考えてみればここは学校の屋上で誰かに見られる可能性だってあるのだ。
俺はともかくそうなれば先生の立場が悪くなる。
・・・まあ、先生ならそれが何か?って悪びれもなく言っちゃうだろうけど。
取り合えずそう思い至れば心を鬼にして先生の肩を揺らす。

「先生!起きろよ!」
「んー・・・あ・・・」

そこまで揺らせば眉根を寄せて瞼を薄く開く。
桜色の唇が少し開き、小さな欠伸を漏らすとゆっくりと反転して上半身だけ起こした。
必然的に俺を見下ろす形になる。
何か、さっきよりもやばいんですけど。

「先生ー・・・しっかりしろー!寝ぼけてんのか?」
「・・・ああ、一。おはよう」
「いや、挨拶はいいからとりあえず俺の上から退こうぜ。うん」

完全に寝ぼけているらしい先生だったが言葉の意味は理解した様で俺の上からゆっくりと降りる。
そして、隣でペタンと座ると身体を左右にぐらぐらと揺らす。
どうやら相当まだ眠いらしい。
俺は漸く身体を起こして座ると一息吐いて先生に話しかける。

「先生。本当に寝ぼけてるな・・・大丈夫か?」
「ん・・・眠い」
「だろうな。顔見てれば判る」

一言で返ってきた言葉に苦笑しながら答える。

「ほら、先生。ちゃんと起きろよ」
「いやだ・・・」

眉根を寄せて身体を揺さぶる俺の手を払うと同時に何故か俺に向かって身体を倒してきた。

「え?あ、おい!?」

驚いて抱きとめる前に俺の太腿の上に先生の頭が着地した。
すると、ちょっと痛かったのか小さく呻く声が聞えた。

「ぅ・・・硬い・・・でも、丁度いいから寝る」

呻くまではいいがその後の言葉は聞き捨てならないぞ。
折角、起こしたのに再び人の太腿の上で眠ろうと意気込み始めた。
俺は予想外の出来事の呆気に取られていたがすぐさま我に返って体を揺さぶる。

「ちょ、先生!!起きろって!」
「やだ・・・・すぅ・・・・」

返ってきた拒否の言葉と共に再度聞えてきた寝息。
俺は溜息を吐いて困ったように空を見上げた。

「起きそうにねぇ・・・」

さっきよりは事態は改善されたが・・・
本当に困った先生である。
でも、まあ・・・

「疲れているのもあるんだろうし、もう少しぐらいいっか」

子供の様に眠る彼女に笑みを浮かべて俺はそっと頭を撫ぜてやった。



大きな黒猫を可愛がるのも悪くない。
(しかし、俺の前だけで居ろよな。そんな無防備なの。)