帝王の心を受ける器







茜射す一室と待ち人を待つ。
用が済めばすぐに帰ってくると思うのだが。
今日は中々に遅い。

「何してるんだろう・・・恭弥」

普段、こんなに待たされたらイライラするだろうけど。
相手が恭弥だ。
待つ時間さえ愛おしく感じる。
考えても見れば彼とは出会った時から妙な関係だった。
私は、あの人に咬み殺すなんて言ってトンファーを突きつけられて。
しかも、理由が機嫌が悪い時に群れてたからで言ってることが支離滅裂で思わず私は平手打ちを食らわしてしまったのだ。
周りの人々からすれば自殺するより勇気のある行為だったのかもしれない。
基本的に私は考えるより行動派だったからそうなったんだけど。
私も相当支離滅裂な部類だったなと今思い返せば笑えてしまう。
でも、それから殴られるかと思った私を彼は楽しげに笑って見せてただ一言。

「キミ、おもしろいね」

何がおもしろいかなんて恭弥の基準がわからないからどうとも言えないけれど。
そこから私は雲雀恭弥という人間と深く関わるハメになる。
おかげで普通の友達が出来にくいという始末だ。
でも、ま。
今となってはそれがあったからこそこうして彼の隣に立っていられるのだ。
この偶然の神の采配に感謝すらする。
そこでクスリっと一人笑いを浮かべていると扉が大きな音を立てて開かれる。
わざわざ振り向かずともその人物が誰かなんてわかる。
だから、文句の一つでも言ってやろうかと思った時だった。
急にぎゅっと力強く私は背後から回ってきた腕に抱きすくめられた。
思わず驚いたが仄かに香る恭弥独特の香りに私はすぐさま冷静を取り戻す。

「珍しいね。恭弥が甘えるなんて」
「甘えてなんかいない」
「いやいや、現に今進行形で甘えてるじゃないですか」

苦笑するようにそう告げると恭弥は特に言い返すわけでもなくまだ抱く腕の力を強くした。
本当に珍しい。
恭弥がこうも余裕のない態度を見せるのは。
私は不安になり振り返ろうとしたが抱きすくめられる腕の力に動くことは叶わない。

「恭弥・・・?どうかした?」
「別に、何もない。キミの気にする事は何もない」

どうしても口を割らないらしい恭弥に私は溜息を吐くと為されるままに身を任せようと力を抜く。
でも、やっぱりソファ越しってのは微妙な気がしてそれを告げる。

「ねぇ、抱き締めるのは良いのだけれどどうせなら正面に回って抱き締めて欲しいのだけれど」

私の申し出にしばらく反応を示さなかったがするりと腕を解くと正面まで周りまた強く抱き締められる。
何故だかは全く理由がわからない。
でも、何か恭弥も不安に思うところでもあったのだろうと私は特に聞かずに納得した。
ただ、一つ気になったのは。

「恭弥。私は何か聞いた方がいい?それとも、ただこの行為を甘んじて受けていればいい?」
「・・・そのままでいい。何も話さなくていい」

「そう。なら、そうするわ」

彼がそう望んだならと私も彼の背に腕を回して抱擁を交わす。
鼻腔を擽る彼の香りだとか彼の肌から布越しに伝わる体温とか刻まれ続けている心音とかを感じて。
彼が何も不安に思うことのないようにと思いながら。
不謹慎であるけれど、私は今の状況が嬉しかった。
彼があまり見せぬ弱味を見せているのだから。
たまには彼を守れるのだと思える。
いつも孤高に強さを誇示している為、私は守られているだけだから。
静かにそう思い瞳を閉じると彼がそっと動いた。

「君は、どこにもいかない」

それは私に尋ねたのではなく。
まるで自分に言い聞かせるような言葉だった。
私はそんな彼に瞳を開けると彼に向かった告げた。

「どんな辛い事があろうとも恭弥の傍に居るわ」
「・・・

何があったかなんて聞かない。
彼が言い出すも言い出さないも構わない。

「大丈夫よ。私の居場所は恭弥の隣なんだから」

笑顔をそっと笑ってありのままを告げれば彼はようやく安心したように笑う。
そして、「そうだね」とだけ呟いて私に咬みつくようなキスをする。
何度も何度も啄ばむように甘く甘く。
そのキスが終わるとようやく恭弥は私から離れて私の荷物を取り渡してきた。

「さ、遅くなる前に帰るよ」

またいつもの調子を取り戻した風紀委員長に私は笑いを漏らして歩み寄った。

「今日は恭弥君の家で夕食希望かつお泊り希望なのですが?ダメでしょうか?」
「勝手にしなよ。但し、どうなろうと文句は言わないでよね」

そう言ってまた首筋に軽いキスを送られると私は少し照れた顔をしながら恭弥の手を取った。
そして、帰路につこうと歩み出す。

「ねぇ?何で手なんて繋いでるの?」
「私は行動派だから無意識かもよ?」
「ふーん・・・ま、いいけど」

満更でもないらしく振り払おうとしない恭弥に満足して歩み出す。

「さー今日の夕飯は何にしようかー」
「和食」

先程の彼の態度が嘘なようなほど他愛のない話をして茜射す道を歩く。
出会いは突然、絆は深まり、今は傍に居なくてはならない存在。



弱味なんて滅多に見せない帝王の唯一心を許せる愛しい運命の少女とのお話。