「ただいまー・・・っっ!!」

仕事を帰って玄関を開けると異様な匂いと何かが落ちる物凄い音が響き渡った。
思わず何事かと急いで靴を脱ぎ、玄関を後にすると匂いの発生源である台所へ向かった。

!?」
「・・・結也」

一緒に暮らしている恋人の名前を叫んで入ったその先は混沌とした世界が広がっていた。






イノセントガール







台所あちらこちらに散らばった調理器具。
何故か包丁が壁に刺さっていたり、菜箸が蛇口に突っ込まれていたりして
その間を縫う様に食べ物だったであろう残骸が転がっている。
炊飯器からは何故か泡が吹き出し、中身が溢れていて鍋からは大量のわかめが噴出中。
後は黒焦げの何かが転がっていてその黒と異質な黒を身に纏った愛しい恋人が中央で呆然とへたり込んでいた。

「これは・・・また・・・」

凄いという言葉すら出てこなくて取り合えず愛しい恋人を助けようと思った
俺は片っ端から転がっている物を隅にやり、彼女を抱き上げると廊下に連れ出した。
されるがままに大人しくしていた彼女を床に下ろしてやると
頭につけているヘッドドレスと着ていたエプロンを外してやった。
後はタオルを少し塗らして叩きながら軽く衣服の汚れをとってやる。
で、次に俺は悲惨な惨状の台所を順に片付けていった。
取り合えずゴミだと判断したものをゴミ袋に入れて縛ると刺さった調理器具などを抜いて洗い、片付ける。
その作業をしながら廊下からひっそりと覗き込んでいるに声を掛けた。

。一体どうしてこうなったの?」

彼女は少し怯えた様子で小さな桜色の口を開いた。

「結也、帰ってくるってメール来たから・・・夕御飯作ってあげようと思って・・・」
「俺の為に・・・?」

俺のその問いに首を縦に小さく振るとゆっくりと立ち上がって
そのまま俺の傍まで駆けて来て背中に顔を埋めてきた。
ぎゅっと細い指先が背中を這って衣服を握るとくぐもった声が響いた。

「料理した事なくて、失敗した。迷惑、ごめんなさい・・・」

しゅんと小さくなって微かに涙声なに俺は手を洗って振り返りぎゅっと腰に手を回して抱き締めた。
驚いたの肩が微かに上下に揺れたのを感じて安心させる様に穏やかな笑みを浮かべる。
見えなくてもその気配が判ったのかは緊張を解き、体を預けてきた。

「取り敢えず気持ちだけは受け取っておく。これは流石に食えないけど、俺は嬉しかったからさ」
「結也・・・」
「でも、今度から料理する時は俺がいる時な?で、上達して一人で出来る様になったら俺がOK出すから」
「わかった」

ぽんぽんっと頭を撫でると体を離してキスを落とす軽いリップノイズが響いて
頬を紅潮させたは再び俺の胸に顔を埋めてきた。
疲れがブッ飛ぶその仕草に俺は笑って明るくに向けて笑った。

「んじゃあ、一緒に片付けるようぜ?」
「・・・わかった」

頷くとと一緒に片付けを始めた。
床を拭くと調理器具などを洗う俺。
に皿洗いなどをさせると何枚壊すか判らないので一番最善の分担をした。

「それにしてもは俺と付き合う前どうやって生活してたんだ・・・?」

一人暮らしをしていた割りにちょっと疑問に思う程の生活力の無さに問うと彼女は驚くべき事を述べた。

「食事は外食かコンビニ。洗濯は辛うじて出来た。掃除は業者さん」
「・・・本当にハッキング能力駆使して情報屋して金稼いでなきゃ死んでたな。
「・・・自分でも思う」

余りに凄い生活っぷりに驚きや呆れを通り越して感心する。
もし、俺と付き合っていなかったらその生活を続けていたと思うと早死にしそうだとしみじみと思った。
そして、暫くして片付けが終わると何とか炊飯器なども救出出来て幸い被害は最小限で済んだ。
取り敢えず後日、包丁が刺さってた壁は修理に来て貰おうと思うとを連れてリビングのソファに座りこむ。

「あー・・・疲れた」
「私も」
「あれだけ暴れりゃな。でも、まあ、の為に動くのは俺嫌いじゃないから」

にやっと意地悪く笑えばは少し不貞腐れた様に意地悪と呟いてそっぽを向いた。
その時、丁度ちらりと手の甲に浅い切り傷が目に入った。
思わずその手を取るとが驚いたように両目をぱちぱちと何度も瞬く。
すぐに俺が見ているのが怪我だと気付いてまた通常の表情に戻った。

「結也。それぐらいほっとけば治る」
「無頓着者。ちゃんと消毒しないと化膿するだろ?あ、じゃあ・・・・」

手当てを渋るを見て俺はある事を思いつく。
即実行と考えた結果、俺はその切り傷に躊躇う事口付けて舌を這わした。
いきなりの事に目を丸くしたを上目遣いで見つめながらじっくりと舐める。
鉄の味が口の中に広がるがのものだと思えば甘美な蜜の様にも感じた。
変態みたいだとか自嘲しつつも数度それを繰り返すとぱっと顔を上げてに向かって満面の笑みを浮かべた。

「取り敢えず応急処置」
「―――っっ!!」

された事に気づいて顔を真っ赤にさせるとにしては珍しく感情を露にして
傍にあったソファに備え付けのクッションを力一杯顔面に投げつけてきた。
予想外の剛速に避け切れずぶっと呻きながら顔面でクッションをキャッチすると
ダダダっと走り去る音と共にの声がリビングに響き渡った。

「お風呂!!!」

クッションがずり落ちて振り返った時にはは既に浴場でリビングからは消えていた。
だけど、真っ赤になったを思い出して俺はにやにやと笑うとさっき片付けたばかりのキッチンに向かった。

「さーて、不機嫌なお姫様の為に夕食を作ろうか」

お風呂から上がってそっと覗きこんで来るであろう恥ずかしがりやで
無垢な恋人の好物のレシピを頭に描きながら冷蔵庫を開けたのだった。


一挙一動が全て愛おしい瞬間。
(何でも許してあげるのだって意地悪するのだって全ては愛故に。)