「っつ・・・・!」
「ん?どうかしたのか?土方」
見回りの最中に立ち止まり、顔を顰めた土方の顔を覗き込む。
口元を押さえていた手を退かしてそこを見てみると縦に細く入った紅い筋。
「あー・・・乾燥して切れたのか」
「ああ。この時期はいつもそうなんだよ。ほら、もう気にすんな。そのうち治る。行くぞ」
再び歩み出した土方の背を見て少し思考に耽った後、その後を追った。
DRY LIP
その日の夕方。
夕食後の屯所は夜勤でない者はそれぞれの時間を思い思いに過ごしていた。
そんな中、一人静かな足取りである部屋に向かう女が一人。
真選組唯一の女性隊士、副長補佐官・だった。
かなりの長身、美麗な顔と肢体、黒く艶やかで腰まである長い髪。
その艶やかな髪を風に遊ばせながら向かった先は副長・土方 十四郎の部屋だった。
「おい、土方。居るのか?」
「あ?か?入れ」
了承の声を聞き、障子を開けると書類を見ている土方の姿が目に入る。
それを見てが溜息を吐いた。
「何をお前はしているんだ」
「仕事に決まってんだろーが」
「そんなの見ればわかる。が、明日に回せ」
告げるや否やは机の書類を片隅にまとめ、
迅速な動きで机を綺麗に片付けてしまった。
「お前は・・・ったく。相変わらず頭があがらねぇーよ」
「いわゆる年の功だ。それより、ちょっと顔貸せ」
「は?・・・おい、ちょ!?」
言葉の意味を理解できなかった土方を余所に
はその淡雪の様に白い両腕を顔へ伸ばす。
土方の顔をしっかりと捉えると自分の方に引き寄せた。
「あー・・・やっぱり乾燥しているな」
「その事か。昼間に言っただろう。この時期は仕方ねぇって。・・・ってオイ!人の話を聞けよ!」
土方が話をし始めるといきなり背後でごそごそとし始めたに思わずツッコミを入れる。
しかし、はやはり聞いてはおらず、何かを取り出すと土方に向かって放り投げた。
「ほら、これを買ってきてやったぞ」
「あ?なんだこれ?」
が投げた物は小さなチューブ状の物。
土方はまじまじとそれを見つめる。
「それは、リップトリートメント。まあ、リップクリームみたいなもんだ」
「はぁ!?お前、これを俺につけろってのか!?」
思わず立ち上がって自分の手の中のものを指差す土方。
その様子に「当たり前だろう」と返す。
土方はそれを聞いて手に持っていたものをに投げ捨てた。
「こんなもの女みてぇーにつけれるか!!」
「言うとは思った。だが、唇が切れて痛い思いをするよりマシだろうが」
「ぐっ・・・!」
正論を言われて思わず口を紡ぐ、土方。
しかし、すぐさままた声を荒げて告げる。
「・・・俺は、つけねぇからな!!」
強情にも意見を押し通そうとした土方を見ては思わず溜息をつく。
そして、次の瞬間。
にっこりと笑うと立っている土方の腕をひっぱり畳に叩きつける。
「だっ!!なにしやがる!!」
「お前、うるさいぞ」
はそういうと土方の腹の上を跨ぎ馬乗りになる。
それに思わず土方は顔をかぁっと紅く染めて「お、オイ!!」と制止の声を掛けるが知らぬふり。
そして、手に持っていたリップトリートメントを自分の唇に塗る。
「お前、一体何を・・・!!?」
何をするのだと尋ねようとした土方の声は不自然に途切れた。
その理由はが土方の唇を自らのそれで塞いでいたからである。
土方は瞳をこれでもかと大きく見開く。
強く強くは唇を押さえつけると吐息を吐きながら離した。
「ほら。ついたぞ。といってもきちんとはついていないしちゃんと塗るか」
放心状態の土方を余所に当初の目的どおり土方にリップトリートメントを塗る。
少し艶やかな唇へと変貌を遂げていく土方の唇。
当の本人はまだ状況が掴めていないらしく呆然としている。
気がついたのは完全に作業が終わったころだ。
「お、おまえなっ!!」
「お前が男の癖にごちゃごちゃと言っていたからだろ?男なら腹括れ」
男という部分をやけに強調するの前で呻き声を上げる。
そして、最後にはにっこりと笑って押し切った。
「次、隊士全員の前でやられたくなかったらちゃんと塗れよ」
「・・・・わーかったよ!!!」
「わかったならいい。それにお前が随分痛そうだからわざわざ買ってきたんだからな」
が穏やかに笑い上半身を起こした土方の頭をポンポンと撫でる。
それにまた土方は照れたように視線を逸らす。
しばらく黙り込むと蚊の鳴くような小さな声で紡ぐ。
「・・・ありがとよ」
「どういたしまして」
そんな声ですらはしっかりと聞き取り、土方は更にバツが悪そうに舌打ちをするのだった。
渇いた唇を潤す接吻。
(土方さん。今年はやけに唇乾燥してないんっすね?)
(なんだその笑い。てめぇ、何を知ってやがる?笑うな。笑うんじゃねぇ!!)
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