流れるように艶やかな腰まである黒髪。
そして、空のような蒼い瞳。
昔、俺の傍にそんな女性がいた。
その人はいつも優しく包み込むような笑顔を浮かべていた。

「ほたるは綺麗だね。ねぇ、ほたる。貴方はいつでも綺麗なままでいてね。約束」

小指を差し出された俺は誘われるように自らの小指を立ててその指に絡めた。
指きり。
そんな子供のような約束の儀式がその時は妙に神聖に見えた。
この事を俺はよく覚えている。
だって、その約束を交わした日。
彼女は俺の前から姿を消したのだから。

今も変わらず貴方へ捧ぐ

「（懐かしい・・・夢。）」

本当に懐かしい夢だった。
まだ、俺が四聖天で戦場を駆け巡っていた時。
唯一、傍にいた女性・・・。
とても気高く壮麗で強い人だった。
強いと言っても戦う強さだけではなかった。
はとても心の強い人だった。
俺にとっては良き仲間であり、憧れの人であり。
そして・・・唯一、恋慕を抱いた人である。
今でもそれは変わらない。
だからこそこんな懐かしい夢を見るのだろう。
むしろこの夢を見たいからこそ俺は眠りにつくのだろう。
夢の中でだけでも彼女に会いたいから。

「（なんて・・・未練がましい。）」

そう、何度も思ったけれど俺にはあの人しかいないから。
そう思って空を見上げた。
雲ひとつなく蒼く染まっている空。
あの人のようにとても綺麗だと思った。
そんな時、がさりと背後で何かの気配がした。
咄嗟に反応し、警戒を高める。
刀の鞘に手を伸ばそうとした時、俺はここにいるはずのない人の声を聞いた。

「ああ・・・やっぱりほたるだった」

それは焦がれて焦がれて求めていた人の・・・声。

「・・・・？」

俺はゆっくりと振り返った。
振り返った俺の視界に入った人物はあの頃と変わらない姿で立っていた。
あの頃と同じ微笑みを浮かべて立っていた。

「久しぶりだね。ほたる」
「なんで・・・ここに・・・？っていうか・・・どうしてあの時・・・」

焦る俺を諭すように俺の頭にぽんぽんと軽い衝撃が響く。

「焦らないの。私は突然いなくなったりしないから。
・・・でも、ごめんね？突然いなくなって・・・ほたるは心配してくれたんだよね？」
「うん・・・心配した」

素直にそう口に出た。
自分でも驚くくらいに。
すると少し嬉しげに彼女が微笑んだ。

「ありがとう。心配してくれて・・・
あの頃、私は病を患っていたの。だから、私は皆の前から消えたの。
足手纏いにはなりたくなかった・・・甘えは身を滅ぼす。だから皆のもとを去ったの」

病・・・？
あれほど元気に見えたこの人が病・・・大丈夫なのだろうか？
もう、治ったのだろうか？
そんな不安が胸を過ぎる。

「ほたる。大丈夫よ。そんなに不安がらないで。私はもう大丈夫だから」

そう言って背伸びをして俺の頭を撫でるこの人がとても綺麗で儚くて気付けば俺は腕の中へと彼女を誘っていた。

「ほたる？びっくりするじゃない」

唐突な事だったから彼女は少し驚いた様子だったけど直ぐに優しく微笑んでくれた。
それを見た途端、今まで募り募った想いが口から思わず零れ落ちた。

「・・・好き」
「え・・？」

いつも変わらない笑みを浮かべていたの表情が揺らいだ。
思わず出た言葉だったけどそんな事今はどうでもよかった。
だって、本当の事だし。

「ねぇ・・・は俺の事好き・・・？」

教えて欲しい。
そう思って彼女を見る。

「あのね・・・ほたる・・・えっと・・・」

珍しく言葉を濁しながら頬を紅く染める姿。
何とも愛おしくて彼女の返事を待たずに俺は彼女のその唇を塞いだ。

「んっ・・・！」

驚きの声は深い口付けによってかき消された。
深く深く求めるように数年間の空白を埋めるように貪る。
息を乱す彼女に胸を叩かれて名残惜しいけれど唇を離した。
互いを銀糸の糸が繋ぎとめる。

「ねぇ・・・？俺、わかるよ。が考えてる事」
「・・・ほたる・・・？」
「、俺の事好きでしょ？」

そういうと俺の表情は少し緩んだ。
その言葉には顔を耳まで赤くして俯いた。
そして、苦笑しながら彼女は言った。

「全くどこからくるのよ・・・その自信・・・」
「でも、好きでしょ・・・？」

もう一度聞き返すと彼女は背伸びして耳元で囁いた。
果てしなく優しく。

「ええ・・・好きよ。ほたる。いつまでも綺麗な貴方が」

数年前と変わらぬ笑顔を浮かべる彼女に俺はあの日から変わらない気持ちを捧げた。