本心を隠すのは得意だった。
例え、貴女の前であろうともそれを隠し通せる自信があった。
だけど、時を重ねる毎に止め処なく溢れ出すこの熱情は次第に自分では御せぬ程膨れ上がった。
貴女の全てを喰らい尽くしてしまいそうな程に。
劇薬にも似た感情の果て
全てを求めはしないと心の何処かで思っていたのは何時の頃だろうか。
今となってはその時の感情など思い出す事が出来ない。
幼き頃から変わらないと思っていた想いは時を経て浅ましくも醜い変貌を遂げてこの胸に在った。
貴女の全てを手に入れたいと貪欲に求めて。
「姉さん。ただいま」
静かに背後から忍び寄り抱き寄せたならば貴女は何時も優しく微笑んで抱き寄せた腕にそっと触れる。
まるで存在を確認するように触れるその指先は炎の様な熱を帯び、全身を駆け巡る。
それが錯覚だと理解していても熱いと思ってしまう。
「御帰りなさい。イルミ。怪我は無い?」
「ないよ。本当に姉さんは心配性だね。俺がそう簡単に怪我する程、弱いと思ってるの?」
「いいえ。だけど、貴方が大切だから確認したくなるのよ。大切な弟だもの」
その一言に熱が一気に冷えて、冷静になっていく自分を感じた。
大切だと言われた事には不満は無い。
血縁、家族、姉弟。
その区切りを再認識させられた事に苛立ちを覚えたのだ。
俺にとって目の前の人物は確かに大切な姉である。
だが、それと同時に俺にとって大切な、特別な女なのだ。
決して誰にも譲る事など出来ない唯一無二の独占欲に駆られる存在。
しかし、それを彼女は知らない。
「どうかしたの?イルミ?」
「・・・何でも、ないよ」
何事も無い様に自分を落ち着かせて言葉を紡ぐが彼女は顔を歪め、しっかりと瞳を捉えて更に問う。
「そう?それにしては難しい顔をしていたわ」
「本当に何でも無いよ。俺が姉さんに嘘を吐いた事なんてないだろう?」
「そう、ね。それならいいわ」
上手く言い包められた彼女はまだ若干納得はしていなかったがそれ以上言及する事はなかった。
俺は自分の言葉を顧みてよく言えたものだと自分自身を嘲笑った。
目の前の姉を一度もただの姉と見た事が無いくせに。
そっと抱き寄せていた彼女の身体を解放するとそのまま入って来た扉まで歩みを進めた。
「じゃあ、俺は取り敢えずシャワーでも浴びてくるよ」
「そう、いってらっしゃい。それが終わったなら私と一緒にティータイムにしましょう?」
「うん、判った」
首を軽く縦に振り、了解すると俺はそのまま外に出て、扉を静かに閉めた。
先程の部屋とは違いひんやりとした廊下の空気が自分を取り戻させてくれる。
最近、本当にこの想いは暴走しがちだ。
彼女に悩んでいると気取られる程に自制が出来なくなって来ている。
幾度も幾度も一線を越えようとする自分を押し留めているがきっといつかそれすらも出来なくなるのだと実感すると溜息を一つ吐いた。
きっと進んでしまえば彼女を悲しませる事になると判っているからだ。
だけど、それでもきっと俺はこの想いを捨て切る事など出来ない。
矛盾だらけの思考の螺旋は止め処なく続き、俺は結局途中で考える事を放棄してしまう。
だって、結局は抗っても無駄なのだ。
長い時を重ねて積もったこの感情は今更、如何する事も出来ないのだから行きつく所まで行きつくしか道はない。
(いつか、本当にこの想いを吐露したならば姉さんはどう想うのだろうか?)
そんな思いを振り払う様に首を軽く横に振り、俺は廊下を一歩一歩進み始めた。
この身を蝕む毒などないと思っていたがじわりじわりと自身を追い詰めているこの想いは何て立派な毒だろうか。
まるで劇薬にも似た効果で俺の全てを侵蝕する。
でも、俺はこの時、この想いを隠し通す事に必死で気づいていなかったのだ。
決して彼女の前で全て隠し通せていなかったという事に。
だって、彼女は俺の姉で、ゾルティック家の長女にして、長子。
「弟ながら全く可愛らしい事。隠し通せていると思ってるのかしら?」
一人部屋に残された彼女がぽつりとそう呟いていた事を俺は知らなかった。
自身の心を侵蝕する劇薬の果て。
(それは崩壊か創始かその時の俺に知る術はなかった。)
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