全てを壊して、壊して、壊し尽くしたい。
そう、願う浅ましく貪欲な欲望、純粋なまでの狂気による破壊衝動。
どうすればこの欲望を止める事ができますか?






幸福な思い出







「やっ、やめてくれ!!!命だけは・・・!!ぎゃああっ!!!」

くだらない。
命乞いをする奴ほどくだらないものはない。
それほど自分が愛おしいのか?
醜悪な事この上ない。
鉄の錆びたような臭いが辺りに広がる。
もう嗅ぎなれたこの臭い。
最初は少しは嫌悪した。
今では何も感じない。
感じる必要さえないと思う。
この世界は腐敗している。
金に執着する汚い大人たち。
いじめなどの暴力を振るう子供。
全ての人間が汚い。
全て嫌い。
私はそんな世界もそこで生きている自分すらも嫌悪する。
どうする事もできないからただ壊すそれを続けていた。
いつもと同じでこの夜も明けていくのだと思った。
でも、その日は違った。
コツ・・・コツ・・・
誰かがこちらに向かって歩いてきた。
それを感じた私は先ほど殺した男の胸に刺さっていた日本刀を引き抜きその音のするほうをみた。

「・・・・」

思わず見惚れた。
とても綺麗だと思った。
初めて、初めて人を、この世界で初めて何よりも綺麗だと思った。
黒い深淵の闇のような長髪の男。
その男は無表情でこちらを見ている。
常人ならこの状況に悲鳴をあげるだろうに。

「ねえ?」
「・・・・!?何・・・?」

いきなり声を掛けられた私は驚き、一瞬返事をするのに躊躇した。

「これ。キミがやったの?」
「そう、よ」
「なんで?」
「壊したかったから。それだけ」

そう私が答えると男は興味なさげにふーんと声を漏らした。

「ねえ?」
「だから何よ」
「なんで壊したいの?」
「な、んでって・・・壊したいから壊したの!それだけよ!
貴方一体何が言いたい訳?しかも、この状況を見て驚かないって貴方変よ?」
「別に。見慣れてるし。それに・・・」
「・・・??」
「いいんじゃない?壊したって。でもさ、それで満足なんだ?」
「どういう意味よ?」
「どういう意味も俺は知らないけど全然満足そうな顔をしてないから」
「!?」

そんな事を言われたのは初めてだった。
そうやって問いかけてくる奴なんて一人も居なかったから。
だから、考えた事もなかった。
ただ壊したいと思っているだけだった。
けど、今思った。
壊したかったのはそれを止めてくれる誰かに会いたかったからだって。
壊したいと願うのは押さえきれない感情に戸惑っていたからそれを隠す為に壊したいと願ったのだと気づいた。

「満足しないならやめたら?まあ、俺には関係ないけど。
折角それだけの腕持ってるんだったら暗殺でもすればいいのにと思ったんだけどね」

そういってその男はその場から離れようとした。

「ねえ!!待って!!」
「何?」
「暗殺が出来たら私を傍に置いてくれるの?」

縋るように告げた言葉に彼はこちらを振り向いて真意を伺うように首を傾げた。

「・・・それって俺の傍に居たいわけ?」
「だめ・・・?なんでもするから連れってって!!それに・・・」
「それに・・・?」
「それに貴方を見たとき綺麗だと思った。
今までそんな事一度も思った事なかったけど綺麗だと思ったの!
だから・・・だから・・・ついていくなら貴方じゃないと嫌なの!!」

しばし訪れる沈黙に私は耐えながら彼を見つめた。

「ふーん・・・よくわかんないけど。変わってるね。名前は?」


どうなるのだろうかと思いながら彼を見つめる。
すると、彼は息を静かに吐き告げた。

。ならついてくれば?別に何もしなくてもいいよ。俺の傍に好きなだけいればいいよ」
「本当・・・?!ありがとうっ!」
「本当に変わってるね。ならおいで。俺はイルミ」
「イルミ・・・?待って!イルミ」

イルミの元まで走っていくとイルミは私の手を引き歩き始めた。
物心ついた時には一人だった私には感じた事のない人の温もりに私はとても驚いた。
そんな私を見てイルミは本当に変わっていると呟いた。
これが私とイルミの出会い。
誰よりも綺麗だと思った人との出会いだ。


「ねえ?イルミ」
「何??」
「初めて会った時なんで私を連れて帰ってくれたの?」
「別にきまぐれじゃない?でも・・・」
「でも??」
と同じで綺麗だと思ったからじゃない?」
「え?」

もう一度言ってって聞き返そうとしたら私はイルミにキスをされた。
たぶんちょっと恥ずかしかったのだと思う。
今となっては私達は世間一般で言う恋人同士だから。
あの時はわからなかった表情の変化も今となってはわかるようになった。
あの時のイルミはとても穏やかに笑っていたのだと私は今になって思う。
それはイルミには言わないけどね。
あれから数年たった今も私は手を繋ぐ度に思い出す。
壊す事しか出来なかった私に話しかけてくれた彼に初めて出会って手を引かれたあの日の事を。
あの時感じた言い知れぬ幸福を静かに穏やかに思い出す。
誰よりも大切な彼の元で。