常人じゃない貴方に常識を求めても無駄だって事は理解してる。
だから、貴方の傍に居れればそれで幸せだって。
私は、そう何度も言い聞かせてきた。
だけど、本当はそれだけじゃ物足りないの。
普通の幸せだって夢見たいのよ。






ジューノに誓って幸福を







梅雨の晴れ間に急にやってきたイルミ。
いつもの事ながら本当に何の前触れもなく、現れて朝から盛大に驚いてしまった。
軽く近所迷惑になるんじゃないかってぐらい叫んだし。(防音あんまり良くないのに。)
それでも仕事の合間に時間を作って会いに来てくれるのは評価できる。
だけどね。

「血塗れで来るんじゃない!」
「だから、謝ってるじゃない」

悪びれもしないで首を傾げて謝ったって許すわけない。
そりゃあ、ちょっと猫っぽくて可愛いなぁとか思ったけどそれとこれとは別。
大体、来る度血塗れっていうのは頂けない。

「これで何回目だと思ってるの。イルミ。・・・はぁ、いいわ。判った。うん。気にしない事にする」

諦めにも似た溜息を吐き、立ち上がるとクローゼットに仕舞ってある予備のイルミの服を手渡してバスルームへ押し込んだ。

「血の匂いとってそれにさっさと着替えてらっしゃい!!」

ピシャン!と激しい音を立てて扉を閉めるとリビングに戻るとソファに沈み込む。
朝からぐったりと疲労感に見舞われる。
そして、どんどんと私の中の常識が壊れていく。
好きで恋人になったのだからそれは構わないのだけれどちょっとは私の苦労も理解して欲しいものだ。

「ってか大体ルックスが良過ぎて許してしまう私も私よね!」

怒って説教をしていてもあんな端整で整いつくした美青年を眺めていると何もかも許してしまいたい気持ちに襲われる。
というか実際許してしまっている。
あの美貌はもう私にとって一種の武器だ。
あれに陥落されたと言っても過言ではない。

「はぁ・・・もうこれは諦めるしかないのかな」

面食いな自分が悪いのだと再び溜息を吐くとイルミが戻って来るまでに身支度を整え様と着替え始めた。
着替えが終わっても尚、イルミは戻って来なかったので取り合えず雑誌でも読んでいるかと再びソファに腰を降ろす。
特に目ぼしい記事も無く、パラパラとただ紙が擦れる音が響く。
そんな中、ふと目を惹く白が視界を埋め尽くすページがあった。

「そうか。もうジューンブライドって時期なんだ」

女性雑誌に多いこの時期の結婚をテーマにした記事。
確かに女性なら誰でも一度は夢見るであろうジューンブライド。
曲りなりとも女である私も結婚ぐらい夢見る。
真っ白なドレスに身を包み、ステンドグラスの差し込む厳かな教会で永遠を誓い合いたいものだと。
それがイルミなら尚嬉しいかもしれない。

「素材がいいし、タキシードとかも似合いそうだもんなぁ。イルミ」

少し想像を膨らます私。(大体女の子はちょっと妄想癖があるものだ。)
真っ白なタキシードに包まれたイルミがもやもやと浮かぶ。
が、しかし。

「うん。白は似合わないかも」

どうも真っ白な衣装は似合わないという結論に達してしまった。
でも、まあ似合う色を着ても別にいいんじゃないかと思うし、イルミまで白を着る必要はないかと納得する。

「・・・その発想からしてもう大分私の中で普通の結婚式が出来ないという結論が出てるのかしら・・・」

一昔前ならば純白に包まれてこそ結婚式だと思っていたのに。
イルミのゾルティック家に嫁ぐとすれば確実に何か血の雨の洗礼を受けそうだし、形式に拘らなくてもいいかと思ってしまった。

「でも、やっぱりウェディングドレスは白がいいよね」

そこだけは譲れないのは乙女の夢だからだ。
だが、しかし私たちに結婚の二文字が浮かぶのは当分ないかもしれないと思った。
私はともかくきっとイルミはそういう事考えてないだろうし。
大体、私よりも素敵な婚約者がいるかもしれない。
ゾルティック家の事はあまり聞かないから詳しくは知らないが。

「はぁ・・・そう考えるとウェディングドレス着る日なんていつ来るのやら・・・」
「何が?」
「うわひゃっ!!び、吃驚した!!いつの間に来たの!?」

妄想に耽っている内に戻ってきた髪の濡れたイルミが私の本当に近くに立っていて驚愕する。
そんな私を特に気に止める事無く私の隣に座るイルミ。
そして、私の手元を覗き込んでくる。

「さっき。それより何見てるの?」
「え?ああ、雑誌のジューンブライド特集。ほら、タオル貸して。髪乾かさないと」

タオルを手渡しながらも何やら興味深げに雑誌を眺めるイルミ。
珍しいなぁと思いつつ、取り合えず無頓着なイルミの髪を乾かそうとタオルで水滴を取り去っていく。
タオルドライをしっかりしなければ髪を傷めてしまうからだ。

「ねぇ、
「んー?何??」

髪を乾かす事に夢中になっていた私に雑誌を見ていたイルミが唐突に声を掛けてきた。
何だろうかと視線をイルミに戻すと表情一つ変えずに首を傾げて告ぐ。

も結婚とか憧れるの?ここに書いてあるから」
「そりゃあ、憧れるけど・・・というか書いている通り女の子なら皆一度は憧れるわよ」

いきなり何なのだろうかと今度は私が首を傾げる。
が、その後、特に何も言わずに「ふーん・・・」という声だけが聞こえたので私は再びタオルドライに熱中していった。
それから数分してイルミがまた唐突に口を開いた。

「ねぇ、
「ん?」
「結婚しよう」
「うん。いいけ、ど・・・?・・・?・・・・結婚!?」

熱中していた私は馬鹿正直に頷いた後にイルミの言葉を脳で反復させる事三回。
それがまさかのプロポーズだって事に驚き思わず立ち上がって叫ぶ。
きっと下の階の住人に聞こえてしまったであろう物凄い足音と共に。
いきなりプロポーズした本人は特に恥じらいもなくやはり無表情でそこに居た。

「うん。結婚。俺もならいいし。母さんも最近早く結婚しろって煩かったしね」
「いやいやいや!ええ!?ちょ、ちょっと待って混乱してるから・・・」

そんな軽くどこかに出掛けましょう的なテンションで何を言われるかと思えばまさかのプロポーズで。
それにどう答えていいのか全く頭が回らないので返答が出せない。
私のそんな心情を察したのかイルミが混乱してその場でうろうろする私を立ち上がり抱き締める。
対面し合った私に向かって首を傾げてダメ押しだと言わんばかりに告げた。

「俺じゃ嫌?」
「そんな訳ない!むしろ、嬉しいし!!」
「じゃあ、決まり」

あれ?
今、物凄く私流されなかったか?
可愛らしい態度とその美貌に告白された時のように陥落されてしまった私。
だけど、再びイルミに視線を移した時。
どこか嬉しそうな表情を浮かべているのを発見してまあそれでもいいかと納得してしまう。
本当は私も凄く嬉しかったりするのだから。

「ねえ、イルミ」
「何?」
「世界一幸せにしてよね」
が望むならしてあげる」

手の掛かる子供の様でもあるけれど本当はとても私を愛してくれて大切にしてくれる。
そんなイルミに婚約者が居るんじゃないかと思ってしまった私は馬鹿だ。
心の中で深く謝ってイルミにギュッと抱きついた。

「イルミ、大好きよ」

そんな私の言葉を聞いたイルミの表情が一瞬柔らかくなって私の唇に熱いものがゆっくりと触れた。



真白に包まれて幸福を。
(そうと決まれば挨拶しに行かなきゃ行けないわよね?)
(きっとは母さんに気に入られるから覚悟した方がいいよ。)(何を!?)