なんて、歪な恋の形。






狂気と不毛と純愛と








「全てが夢ならばよかったのにね」

優しく頬を滑る指を掴み、何処となく悲しげに発せられた言葉に返答を返す。

「俺は嫌だね。との全てを夢で終わらせたくない」

真剣にそう返せば彼女は歪な笑みを浮かべて、瞳を伏せた。
長い睫が陰影を深く刻み、彼女を彩る。
嗚呼、なんて綺麗なんだろうかと思わず掴んだ手を引いて、抱き寄せる。
彼女は特に抵抗する様子も見せず、ただ為されるがままに俺の胸に顔を埋めた。

「臨也は変わっているわ。静雄もそうだけれど、こんな私を愛するなんて。
醜悪で、歪で、異質で、最悪最低な女なのに、本当に奇特な人ばかりだわ」

自嘲と苦笑の入り混じった声でそう紡ぐ彼女の口から
出たもう一人の男の名前に少々苛立ちながらも俺は静かに返す。

「そう思っているのはだけだったら?俺はの全てが愛おしい。
何年も前から、そして、これからも俺は以外を求めないし、愛さない」

そう言って額に掛かる髪を掻き揚げてキスを一つ落とす。
髪から香る優しい香りが鼻腔を擽る。
学生の頃よりもう数年が経つのにこの想いは増すばかりで本物であると認識せざる得ない。
まさかのこの俺がたった一つに執着するなんて誰が想像しただろうか?
いや、誰一人しなかっただろう。
俺自身だって想像もしていなかったのだから。
理由なんて解りやしない。
ただ、愛おしくて堪らなくて気付けば求めて止まなかった。

「人全てを愛しているくせに」

そう、俺は人を愛している。
だけど、それ以上の愛で彼女を愛している。

は特別だよ。だけは俺の唯一無二だ。何を引き合いに出されても譲れる気はないぐらいにね」

最も感情に一致した言葉を述べても彼女は揺ぎ無く言い放つ。
交じり合う視線と沈黙が一瞬を支配する。
だが、それは彼女の変わらぬ意思と共に破られた。

「そう、でも、やっぱり私は"特別"を選ばないわ」

何をされても拒絶しない彼女が絶対に侵入を許さないその"特別"の領域。
最も欲するものだけど、それを欲する余りに彼女を失くしたくない。
だから、俺は多くを望まない。
それに今となっては学生時代から変わらない彼女の拒絶の言葉と意思すら愛おしく感じる。
拒絶を繰り返すその愛おしい唇を指先で撫ぜ、慈しむ。
だって、この唇は拒絶を口にするも完全な拒絶は紡がない。
俺自身の想いを拒絶する事はない。
だから、俺も貫けるこの意志を。

「それでも俺は愛するよ。俺が囚われて止まないという存在を」
「それは、とても不毛ね」

困ったように惑うように複雑な声色でそう言った彼女は今度は眠る様に体から力を抜き、ラグの上に寝そべった。
毛の長い白いラグの上に広がる漆黒の彼女の上に覆い被さる。
抵抗は特になく、ただ、彼女は瞳を閉じてその場に居た。

「何とでも言いなよ。やめさせたければ完全な拒絶を俺にくれればいい」
「私がそれをしないと知っているくせに」
「俺もと一緒で狡い人間だから仕方ない。まあ、そんな所ですら俺にとっては愛すべき一つの魅力なんだけどね」

そう言って、今度は深いキスを唇に落とした。

「特別じゃなくてもいいから、俺をもっと、愛してよ」

小さく呟いて更に深く深く溺れていく。
溶けてしまいそう熱を感じながらいっそ身も心も一つになれたならと本気で思う俺の狂気を輝く月だけが見ていた。


"特別"でなくても俺の特別であればいい