君と楽しむ香り
昼下がりに挽きたての豆でコーヒーを淹れれば辺りに独特の風味が広がる。
その匂いがとても心地よく温かい気持ちになる。
今日は皆、出掛けておりこの家には俺一人だ。
そうだと思っていたから尚更驚いた。
廊下からリビングに続く扉が突然開いた時は。
「・・・・景時だけか?」
「うわぁああああ!び、びっくりしたぁ〜!ちゃんか〜」
入ってきた人物は応龍の神子であるであった。
彼女は不思議な人物だと思う。
白龍の神子である望美ちゃん達と同じこの異世界の人間だ。
望美ちゃん達にとっては同じ学校の先輩だそうだ。
尊敬し憧れであった先輩だったと望美ちゃんは言っていた。
そんな彼女が京に現れた時、望美ちゃんは酷く驚いていた。
以前より感情も乏しくなったというから尚更驚いていたのだろう。
それは彼女が通ってきた道の険しさゆえかもしれない。
彼女は応龍の神子で白龍の神子や黒龍の神子みたいに誰かが支えてくれていたわけでもないのだから。
彼女はその中で辛いとは思わなかったのだろうか?
そんな思考に耽っていると隣で何かを注ぐ音が聞こえた。
「って!ちゃん!?いつの間に!?」
「うん?ぼーっと景時がしてる間に。ふむ、美味いな。このコーヒーは」
いつの間にやらカップにコーヒーを注いで飲んでいる彼女。
珍しく笑顔を浮かべて飲む姿を見て思わず俺は何も言えなくなった。
この子はこんなに綺麗に笑う子なんだと思って。
そんな俺を不審に思ったのか首を傾げて覗き込んできた。
「景時?」
「あ、ううん。なんでもないよ!それよりお気に召してくれてよかったよ」
「そんなに喜ぶ事か?それにしても景時はコーヒーを淹れるのが上手いんだな」
またそう言うと彼女は笑みを浮かべて俺を見た。
俺はその笑顔と視線に耐えられなくなり、顔を紅くしたまま自分もコーヒーを飲んだ。
広がる独特の苦味が口の中に広がる。
いつもならこの苦味だけなのだろうけど今日はやけに甘い気がした。
実際は甘くないんだろうけれど今日は彼女の笑みが見れたからかもしれない。
「あ、そうだ。景時」
急に思い出したかのように彼女が声を上げて俺はカップを口から放して彼女を見た。
「よかったら今から街にいかないか?」
「え?いいけどどこに行くんだい?」
「街に色んな種類のコーヒー豆が置いてある専門店があるんだ。
よかったら一緒に行かないかと思ってな。コーヒーにハマってるならどうだ?」
その魅力的な提案に俺は笑顔を浮かべて賛成した。
実際はその店にあるコーヒー豆が楽しみなんじゃなくて彼女と一緒に出かけることが嬉しい。
彼女は滅多に人を誘わないし、魅力があるからいつも誰かしらに囲まれている。
だから、二人っきりになることなんてないから本当に嬉しかったんだ。
「じゃあ、コーヒーも飲んだことだし。行こうか」
「そうだな」
彼女の手を握って俺たちは街へ向かった。
彼女の手は白く温かく柔らかかった。
その感触に酔いしれながら買い物を楽しんだ。
「あー!本当にいい豆がいっぱいあったねぇ〜」
「そうだな。帰ったら早速淹れてくれないか?」
「もちろん!でも、遅くなるけどいいのかい?」
その言葉には少し寂しそうな顔をした。
「ああ、私は一人で暮らしているし大丈夫だ」
まずい事を聞いたと思った。
きっと聞いてはいけない事だったのだと。
だけど、彼女はすぐさまに笑って全てを見透かしたようにこう言った。
「気にしなくていい。私は今の暮らしが気に入っているし、皆がいるから楽しい」
その言葉にほっと安堵し肩を撫で下ろすと次に信じられない言葉が飛んできた。
それは本当に予想していなかった言葉だった。
「それに私は景時が好きだからな。一緒に何かをするのはとても楽しい」
「へっ!?」
俺は思わず固まってしまった。
彼女の今の好きというのはどういう好きなのだろうか。
考えても答えが出ないのは明白で。
だから、どうしてもどういう意味なのか聞きたくなった。
「ねぇ?ちゃん。あのさ・・・」
「あ、門の前で望美と朔と白龍が待ってる。行こう。景時」
意を決して話しかけた途端。
これまた間が悪いのか望美ちゃん達の姿が目に入り、彼女は駆け出してしまった。
俺もそれに続き慌てて走り出す。
「え!?ちょ、ちょっと!!ちゃん!!!」
結局、その後はいつもの日常に戻ってしまった。
彼女の周りを他の人たちが囲んでしまい二人っきりになるチャンスなんてなくて。
でも、ちょっとは前進したのかな?
「景時、コーヒーは?」
「ちょっと待ってて。もうすぐ淹れるからさ」
「ああ、楽しみにしてる」
こうやって笑ってくれる彼女が俺は好きなんだろうな。
今まで気付かなかったろうけどきっとそうなんだと思う。
だから、彼女が笑ってくれるならいつでもコーヒーを淹れよう。
彼女を悲しませないように俺が傍に居よう。
そして、一緒にコーヒーを飲んで笑い合おう。
他愛のない話をしながら。
君の気持ちはどうなのかわからないけれど願わくば同じ気持ちであるようにと願った。
冬のある日の話。
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