殺して良いよ。
貴方の為ならこの命を捧げてあげる。
だって、死ぬほど愛おしいの。
貴方の事が。
彼の涙はサファイア色をしていた
夜の海。
どうしようもない孤独感に苛まれる。
それは錯覚だと自負しながらも私は眠れずに居た。
それは言いようのない不安感から私は溜息をつくと起き上がり、船の先端へと向かう。
夜風にでも当たろうかと思ったからだ。
すると、そこには彼の姿があった。
どことなく悲愴感を背負う彼の背中に私は焦燥感を抱く。
早足になる私はゆっくりと彼の名を呼んだ。
「景時。どうした?こんな時間に」
「ちゃん・・・」
いつものような陽気な感じなど微塵も感じさせないその雰囲気に私は景時の隣に座り込んだ。
そして、景時の頬を両手で挟むと私の方を向かせた。
「何か悩んでいる顔だ。何をそんなに悩んでいる・・・?」
私がそう告げると景時は苦笑しながらこう言った。
「なんで、ちゃんにはわかっちゃうかな・・・」
景時の笑みは全て作られたもののように感じた。
幾ら表面で取り繕おうとしてもその悲しみは隠し切ることができていなかった。
だから私はそっと彼を抱きしめた。
優しく、果てしなく優しく。
漣のように優しく。
ただ、ひたすらに。
「ちゃん・・・」
「無理をしなくていい。話したくなかったら話さなくてもいい。だけど、お前のその辛そうな表情を見ていると私まで辛くなる」
思った事をそのまま告げると私は彼の頬に再び両手を当てて彼の顔を覗き込んだ。
すると、それも束の間、私は彼に抱きすくめられた。
強く強く。
それは縋る様に。
請うように。
「俺は・・・どうしたらいいかっ!もう、わからないんだっ!!」
悲痛な叫びに私は顔を歪める。
彼がどうしてここまで追い詰められているのか私は理由を知っている。
そう、それは紛れもなく私自身に関係する。
「私を殺せと言われているのね。頼朝に」
「・・・ああ」
「いいよ。私を殺しても」
私のその言葉に彼は驚き目を見開く。
そんな景時に私は慈悲深く微笑んだ。
愛しむようにその髪を撫でてやりながら。
「貴方の為なら私は死んでも構わない」
「何を・・・言って・・・」
「貴方が愛おしいから。貴方の為なら私の命ぐらいあげる」
彼の言葉など聞かぬ勢いで矢継ぎ早にそう告げると彼は真剣な表情で怒るように声を荒げて告げた。
「駄目だ!そんなの駄目だっ!俺は、君を失うのが何よりも怖いのに・・・なのに君をこの手で殺す事なんて・・・」
「うん。わかっているよ」
「なら、なんでそんな事を・・・・!」
彼の瞳からは涙が零れそうだった。
私はそんな彼に向かって言った。
「それぐらい私は景時を愛している。だから信じてほしい。私は死なないし、君を縛る全てのものから開放してみせる」
「ちゃん・・・君は・・・・」
「ねぇ、景時。逃げようとしないで。自分の本当の気持ちを殺そうとしないで。
君は私を殺したくないと願う。ならば、それを叶わぬ願いだと決め付けないで」
そう言うと彼は瞳から涙を零した。
それは夜の蒼に染まり、サファイアのような輝きを見せた。
宝石のようなその色に私は綺麗だと心から思った。
「なんで・・・君はそんなに強いんだろう・・・・」
「強くなんかない。私は弱い。だから、強くなろうとする。それが大切なんだ。
景時。君はまだ出来る事が沢山ある。一人で無理でも私と二人でならきっと大丈夫だ。景時の願いを全て叶えて上げる」
彼の涙を掬い上げてそう言うと彼は私を再び強く抱きしめた。
そして、私の肩に顔を埋めて涙を流した。
「決めたよ・・・俺は、もう逃げない。だけど、今だけは・・・今だけは泣かせてっ・・・」
「ああ、泣いていい。悲しみも苦しみも全部流してしまえばいい」
私はそう言って彼の頭を抱き、優しく優しく囁いた。
「だから、次は笑顔を見せて・・・貴方の笑顔が好きだから」
彼にその言葉が届いたかはわからないけれど。
声を押し殺し泣く彼はとても儚く繊細で壊れやすい硝子細工のようだった。
そんな貴方の涙を情けないと私は思わないよ。
むしろ綺麗だと思うよ。
君の瞳から流れる雫は蒼く煌き輝くサファイヤのようだったんだ。
力強く光輝く宝石のようだったんだ。
私は忘れないよ。
君の涙を。
そして、共に行こう。
君の願いが叶った未来へ。
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