「あんたに殺される人は幸せだ。だって、あんたはこんなにも綺麗なんだから」

綺麗なのは目の前の女の方だと正直思った。
俺が少しでも動けば死ぬであろう状況でそんな場違いな事を言って。
凛としたその強さは綺麗以外の言葉で表現しようがなかった。
でも、それと同時に奇人変人ってこう言う奴の事を言うんだなとも思ったんだけどね。







桜愛鬼







何処で出会ったとか詳しい事なんて覚えてないけど、たぶん任務だったんだろうな。
虐殺とかそう言う系でたまたま俺が殺そうとしたのがその奇人変人だった。

「誰が奇人変人だ。それは貴様の事だろう。兎」
「何度も言ってるけど俺は兎じゃなくて夜兎族で名前は神威だって言ってるだろう?」
「別に夜兎も兎も結局同じだろうが。それに神威と呼ぶには言いにくい」
「どれだけ舌回ってないの。

大体、奇人変人って事を否定してるけど、
一回でも自分に殺意を向けた人間に懐く辺り間違ってないだろうに。
本当に意味が判らない女だ。
俺が今まで出逢った女はあんな姿を見せれば揃いも揃って畏怖したってのに。
まあ、意味が判らないのは俺自身もなんだけど。
何であの時、殺さず生かしてそれも連れ帰っちゃったのか改めて考えても答えは出ない。

「それはそうと兎。私は地球に行きたい。連れて行け」
「本当には恐れ知らずだね。まあ、いいけど暫く暇が続くみたいだし、少しだけならね」

素直に快諾してみればは口元を扇子で覆い、驚いた様に目を見開いた。

「兎にしては珍しく簡単に承諾したな」
「なら、やっぱりその願い叶えるのは止めようか?」
「嫌だ」

意地悪を言えばその一言。
恐れ知らずもいいとこだ。
本当に死ぬ事も恐れずに何が一体恐怖の対象なのか不思議で仕方ない。
で、数日後、俺たちは地上に降り立った。
たった二人で降りた地球は丁度春であちらこちらで桜が舞い踊っていた。
嗚呼、そうか。
はこれが見たかったのかとすぐ納得出来た。
綺麗な物を何よりも愛おしく思う事を俺は知っていたから。

「来てよかっただろう。兎」
「どうだろうね。俺は血の花の方が好きだから」
「お前は本当に血の気の多い奴だ。まあ、それがお前だから仕方ないだろうが」

は溜息を吐くと改めて桜を見上げた。
俺もそれに釣られて見上げる。

「なぁ、兎。桜には色々な逸話があると知ってるか?」
「桜の木の下には死体が埋まってるって言うのなら聞いた事はあるけど?」
「まあ、それは知っている奴も多いだろう。
だがな、他にも桜には逸話があるのだぞ。鬼も愛でる花であるとな」
「へぇ・・・鬼がね」

何となく聞いているとが視線をこちらに向けてるのに気づく。
俺も桜から視線をへと戻すと彼女は桜にも負けぬ笑顔を浮かべた。

「伝承だと私も思っていたがあながち本当なのかもしれぬな。
鬼にも似た強さを持つ夜兎族が見惚れる花なのだからな。そうは思わぬか?兎」
「・・・さぁ?」

飄々と惚けたように告げれば呆れたように溜息を吐きは歩き出した。

「本当に素直じゃない奴だ。まあ、いい。どうせ、お前は花より団子だと思っていたし。
ほれ、さっさと歩け。この先に公園がある。そこで弁当を食べよう。そちらの方がお前も楽しいだろう」

そう言って先を歩いていく、の後ろを俺はもう一度桜を見上げた後、追った。
小さく一人呟いて。

「桜は、鬼が俺なら鬼が桜を愛でるってのも不思議じゃないな。それが一時の夢だとしても」


桜を愛でる鬼。
(その鬼はきっとこう思って桜を愛でてたんだ。)
(たまには血以外に渇きを潤すのも悪くないって。)