透き通ったその歌声が耳から離れなくなったのは何時からだろうか。
果てしなく優しいその歌声を奏でる彼女が脳裏から離れなくなったのは何時からだろうか。

「紘人先生」
「ん?どうした?

彼女の一声一声に胸を高鳴らせるなんてらしくない状態へと陥ったのも何時からなのだろう。





青い鳥の囀りに似た歌







「最近、煙草止めたんですね」
「ん?ああ、まあな。ほら、あれだ。
副流煙とか体に良くないだろうし、せめて学校だけでもってな」

必要もない嘘を吐いて余裕のある大人を演じる自分が滑稽で思わず心中で笑う。
本当は目の前の少女の歌声に悪影響だからというのが一つ。
そして、もう一つはもう一度自分自身も歌ってみたいという欲求に駆られたからだ。
もう二度と歌わないと思っていたのにあっさりその決意を打ち壊す程に
楽しげにが歌い続けるせいだと誰に聞かれる訳でもないのに自分自身に言い訳をしてみる。

「紘人先生らしくない理由ですね。嘘っぽい」
「お前さんなぁ。人をなんだと思ってるんだ?」

くすくすと笑いながらずばっと核心を突かれて思わず焦る。
いい歳をして翻弄されるなんて全く俺は何をやっているんだかと自分を叱咤する。
それが意味を成さない事をとっくに知っているが大人のプライドがそうさせるんだから仕方ない。

「んー子供の様な先生ですかね?」

小首を傾げてにっこりそう笑うに思わず顔が引き攣る。

「お前さん・・・結構言うね」
「素直で嘘を吐く事を知らないだけですよ」
「本当に純粋に素直な性格の奴はまずそんな事言うか。大体、火原みたいな奴を純粋で素直って言うんだよ」
「確かに火原先輩の純粋さには負けますけど、私だって純粋ですよ?」
「嘘吐け」
「あー酷いですよ」

笑いながら拗ねた物言いをするに俺も釣られて笑うと最終下校の放送が校内に響き渡った。
俺達は互いにそんな時間かと自身の腕の時計を見やる。

「もうこんな時間だったんですね。気付きませんでした」
「だな。取りあえずさっさと部屋出るか。早く鍵返さないとどやされるからな」
「ふふ。紘人先生は日頃の行いが悪いですからね」
「・・・お前、俺を先生だと思ってないだろう?」

あっさりと笑顔で悪魔の様な事を言うものだから苦笑混じりでそう告げればは違う色を秘めた笑みを浮かべた。
雰囲気の変わったその笑みに思わずどきっとして見入ってしまうとは弧を描いた唇をゆっくりと開いた。

「そうですね。半分は確かに先生とは思ってないかも?」
「は・・・?」
「恋愛対象として見てますから」

唐突の告白に思わず一歩踏み出してしまった足は見事に机の端に勢い良くぶつけてしまった。
声にならない悲鳴をあげつつ、を再び見ると愉快げに笑うあいつの姿が目にはいった。

「ふふっ。ほら、子供みたい」
っ!」
「あ、でも、今の冗談じゃないですからね?」

冗談めかして言われたのだとほっとしたのも束の間、あっさり本当だと言われてしまい、また言葉を失くす。
そんな事などには予想済みだったのか悪戯っ子の様に微笑んでコートを着ると鞄を持つ。

「今は明確に言葉にする事も、変化も求めてませんから安心して下さいね。でも・・・」
「・・・でも?」
「私がこの学校を卒業したら覚悟してて下さいね。その前に先生が我慢出来なくなるようにしてみせますけど」

宣戦布告に似た愛の告白についに口を開けて固まる。
物凄い間抜けな顔だったに違いないが誰だって予想外の言葉を述べられたら動けなくなるのは当然だと思う。
いや、それでも一回り年下の少女にそこまでされれば情けない事には変わりないか。
そんな事を考えつつも漸く言葉の意味を理解して、一人先に扉を出て行こうとする彼女の手を引っ張った。

「ん?なんですか?紘人先生」
「お前さん・・・いや、そのだな・・・もう暗いし、送っててやるから待ってろ」

先ほどの言葉にどう返答すべきか考えた結果、俺はつい逃げに走ってしまった。
前向きにはなったがどうやら俺はまだ恋には臆病らしい。
これじゃあ、子供みたいだと言われても仕方ない。
だが、にはそんな考えすらお見通しなのかにっこり笑うとただ、御願いします、とだけ告げた。

(本当に参った。これじゃあ、お前さんの思い通りになっちまうかもな)

苦笑を浮かべながらそんな事を思うときっといつか遠くない未来に彼女の傍らを懇願する自分が見えた気がした。


青い鳥の囀りは俺を幸せにする調べ
(手でも繋いで帰りますか?)(お前さん、待つって言ったんじゃ・・・)
(先生こそ生徒の冗談に本気で対応してどうするんですか?)(・・・お前さん、可愛げがないぞ?)