貴方のその背を守れるならばそれだけで幸福だった。
修羅にもなれた。
貴方の為ならば。
なのに、貴方は私を捨てると言うのですか?
悲しみまでも愛おしく
貴方と私の意見が合わない事は判りきっていた。
なんせ攘夷戦争からの付き合いなのだから。
貴方がどれほどの悲しみを背負ってきたかも。
貴方がどれほどの覚悟をしてきたのかも。
貴方が何を成し遂げたいのかも。
私は理解してきたつもりだった。
でも、貴方の考えまでは読みきれてなかったのかしら。
「。お前には金輪際計画に関わらないでもらおう」
「え・・・な、何言ってるの?」
「言葉のままだ」
そっけなくそう告げて背を向ける貴方の姿に無意識に手を伸ばす。
そして、着物の裾を掴みながら困惑した表情を浮かべて告げた。
「なんで?理由はなんなの!?私は、ちゃんと自分に課せられた仕事はこなして来たわ!!」
「わかっている」
「なら・・・」
「それでもお前には戦いを降りてもらう」
頑として譲らぬ言葉に私は次第に体の力が抜けていく。
それに気付いたように歩みを止めていた貴方はその場を後にした。
残された私はただ泣いた。
「私には・・・戦うしかできないのにっ!!」
貴方の為に戦い生きる事しかできないのに。
その唯一の事すら切り捨てられてしまった。
私はどうすることもできずにその場で崩れた。
存在意義を失くした人形のように。
「(幸福だった・・・貴方と戦い続ける日々が。でも、貴方は違ったのね。)」
元より心を通じ合わせていたわけでもない。
恋仲などではないのだから仕方のない事なのかもしれない。
私は、そう思いながらふらふらと立ち上がると雨が降りしきる江戸の町を彷徨い歩いた。
あの場所にもう私の居場所などないのだから。
出て行かなければならないから。
そう言い聞かせて後ろ髪引かれる想いを断ち切りふらふらと歩いた。
その時、急に名を呼ばれた。
それはとても懐かしい友人の声だった。
「お前、じゃねぇか!?こんな所で何してんだよっ!?
傘も差さねぇでびしょ濡れじゃねぇか・・・ヅラの奴はどうしたんだよ?」
「銀時・・・久しぶりね。あの人は・・・居ない。私、捨てられちゃった。
ちゃんと仕事もこなしてたのに。いらないって言われた・・・私、もうあそこには戻れないの」
虚ろな瞳でそう告げると銀時は険しい顔を浮かべて私の手を引いて歩みだした。
それに驚いて声を上げる。
「銀時!?」
「ヅラはどこにいんだ?」
「聞いてどうするの・・・?」
「いいから!!ヅラはどこにいんだ!!」
銀時の珍しく荒げた声に驚きポツリと居場所を呟く。
すると、彼は「わかった」と告げてそのままその場所へと向かった。
玄関先までついたところで私は入る事を渋ったが銀時がそれを許さなかった。
そして、半ば引きずられるようにあの人の部屋に連れて行かれた。
銀時はそのままの勢いで襖を荒々しく開ける。
それに驚いたように目を丸くするあの人の姿があった。
「銀時・・・!お前、一体・・・ぐっ!!」
「きゃあっ!?」
私の手を離したかと思うと何故ここに居るのだと尋ねようとしたあの人の頬を力一杯拳で殴り飛ばした。
その銀時の突然の行動に私が悲鳴をあげると銀時はそのまま倒れたあの人の胸倉を掴んだ。
「てめぇ・・・あれほど約束した癖に
を悲しませやがって覚悟はできてんだろうなぁ!?」
「え・・・?」
「煩い・・・お前に何がわかる・・・」
約束という言葉に困惑している私を尻目に話はどんどん進んでいく。
「ああ!わからねぇな!!戦いから今更外す事も何もかも!!
お前は一緒に戦ってと新しい国を見るんだとか
ほざいて攘夷に参加させたんだろうが!!
それをこんな形で傷付けやがってお前身勝手もいいとこだろうが!!」
「銀時!!私のことはいいから!!」
慌てて銀時の肩を掴んで止めようとするが銀時の怒りは一向に収まらないようだ。
「よかねぇよ!!・・・ヅラァ、お前のその刀は飾りか?
失くすのが怖いからってを戦いから外すぐらいなら
戦いに参加させなきゃよかっただろうが!
失くすのが怖いなら今一番最善の手は傍に居てその手で自ら守ってやることだろ!!」
それだけ言い切ると銀時は今度は先程殴った方とは逆の頬を殴り飛ばした。
私は思わずそれに半ば悲鳴のような声を上げながら銀時に縋った。
「いやああ!もうやめて!銀時!お願い・・・私のことはいいから・・・」
「・・・・悪りぃ・・・」
泣きじゃくるような制止の声に銀時はようやく我に返ってあの人の上から退いた。
ただ、なんとも言えぬ沈黙が辺りを包み込む。
その沈黙を破ったのはあの人だった。
「すまなかった・・・」
「え・・・?」
唐突に告げられた言葉に私はまだ涙の浮かぶ瞳であの人を見つめた。
あの人は酷く悲しげなそれでいて辛そうな表情を浮かべている。
「銀時、礼を言う・・・俺はどうかしていたようだ」
「・・・ったく世話の掛かる奴。ヅラ、次はねぇからな」
「ヅラじゃない桂だ。・・・わかっている」
二人はどこかわかりあったように言葉を交わす。
そして、銀時は立ち上がると「じゃあな」と告げてその場を後にした。
私はただ、わけもわからず立ち尽くすだけだった。
すると、私はふわりとあの人に抱かれたのだ。
その腕に。
再び訪れた唐突な出来事に戸惑う事しかできなくて驚いているとあの人は穏やかな口調でゆっくりと語った。
「俺は、お前を失う事が怖かった。何よりも怖かった。
その恐怖心を払拭する為だけに俺は、お前を任務から外した。お前が愛おしいから」
「小太郎・・・」
「すまなかった。本当に。お前を悲しませてしまって」
静かに耳元で囁かれる本心に私は涙を流した。
「もう、いらないなんて言わないで・・・」
「ああ」
「傍にいさせて・・・」
「ああ」
「私も、小太郎が好きだから・・・」
「ああ、知っている」
途切れ途切れに告げると彼は穏やかに微笑んで全てを受け止めてくれた。
流す涙をその指で掬い、その舌で舐め取って。
彼は落ち着いてきた私に再び告げた。
「俺はお前が好きだからもう離しはしない。
悲しませもしない。傍に居てくれ。俺と戦って生き抜いてくれ」
「約束するわ。ずっと永遠に傍に居ること・・・」
絡み合う指と指、温度と温度。
全てが溶け合うように全てが通い合って。
まるで、その日。
私は彼と一つに溶け混じり合うような錯覚を覚えた。
(この悲しみだって貴方の為ならば必要な事だったと言える程、貴方が愛おしいの。)
(だから、永遠に傍にいさせてください。)
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