閉店間際に滑り込んだ俺を彼女は心良く、迎え入れてくれた。
もう片付けも殆ど済んでいたのに彼女は嫌な顔をせずに俺の為に自然と好みの料理を出してくれる。
ただの常連客だけではないと思ってしまいたい。
そう思っているのは俺だけなのだろうか。
願わくば君もそうだといいのだが・・・






降り積もる感情







「司さん、道理で寒い訳ですよ。外、雪降ってますよ」
「本当だ。結構降ってるな」

俺が来たせいで帰るのが遅くなってしまった彼女を家まで送る事になり、
共に外へ出ると先程とは打って変わり、真白の雪がひらひらと空を舞っている。
急に冷え込んできたとは思ったが積もる程、降るとは思わなかったなと空を見上げる。

「何だか雪を見ると3MajestyのFawell snowを思い出しちゃいます。最近」

隣に居た彼女が不意にそう告げれて、突然の事にきょとんと目を丸くして、見つめる。
しかし、言われた言葉を理解すると少し気恥ずかしくなり、視線を逸らした。

「とても光栄だが少し、照れるな」
「ふふ、どうしてですか?あの曲、私、3Majestyの曲の中では一番好きですよ。あ、他の曲も勿論好きでけどね」

穏やかな笑みを浮かべながら楽しげに告げる彼女の瞳に嘘偽りはない。
俺にとって、それはとても嬉しく、喜ばしい。
あの曲は俺の初センター曲でもあるし、やはり他の曲とは違い、思いいれや愛着がある。
それを彼女に好きだと言われた事が想像以上に嬉しくて思わず、にやける口元を手で隠す。
少し、深呼吸をして、平静を取り戻すと彼女に向き直り、その華奢な指先に触れた。
そっと、優しく包み込むとすっぽりと自身の掌に納まってしまう程小さな手。
その彼女の手から伝わる温もりがとても今は、愛おしい。
手に落ちてくる雪はその熱に浮かされるように一瞬で溶ける。

「君は俺を喜ばすのが本当に上手だな」
「そう、ですか?なら、司さんは私をドキドキさせる天才だと思いますよ?急に手を握られてちょっとびっくりしましたから」

頬に微かに指す朱が彼女の言葉を裏付ける。

「それは・・・いや、何でもない。そろそろ行こうか」

紡ごうとして止めた言葉に不思議そうな顔をする彼女だったがそれを問う事はなかった。
本当は、聞いてみたかった彼女がどう思っているのか。
その胸の高鳴りは俺への想いがあるからだと受け取っていいのかとか。
でも、今はまだこの距離でもいい。
彼女が傍に居てくれるならそれだけでいい。
まだ、壊したくはないのだ、彼女がいるこの日常を。
歩き出した俺に引っ張られて、彼女も歩みを進める。

「そうだ。折角、好きだと言ってくれたし、
今度、Fawell snowを歌う機会があれば君の事を・・・の事だけ想って歌うとしよう」
「え!?そ、それは何だか凄い贅沢な気がします・・・」

驚きに目を丸くしたかと思えば瞬く間に顔を赤く染めていく。
純粋な彼女らしい反応にクスリと笑みが零れる。

「そこまで照れなくてもいいんじゃないか?可愛いな、君は」
「つ、司さんちょっと意地悪いですよ!」
「そうかな?でも、俺は一度も君に嘘を言った覚えはないんだが・・・」
「・・・!司さんってずるい」

いよいよ顔を赤く染めきった彼女が視線を逸らすと俯いたままぼそりと呟いた。

「司さんは思っている以上に格好良くて、素敵だから私みたいな普通の女の子なんてすぐ照れちゃいます」

可愛い言い分にまた笑みが微かに零れる。
握った手の力を少し強めて、俺は彼女に告げる。

「俺にとっては君は可愛くて、素敵な女の子だよ。だから、俺だって君にドキドキさせられたりもするよ」
「司さん・・・」
「・・・さあ、帰ろうか。少し喋り過ぎたな」

彼女の手を引いて、先ほどよりも少し早い歩調で歩き出す。
紡ぎたい言葉、伝えたい想いは幾らでもある。
だけど、今はこれでいい。
曖昧な・・・だけど、少し特別な関係。
君がときめいてくれるのは少しでも俺に想いがあるのだと自惚れだとしても信じている。
心に降り積もる彼女への想いを確かに感じながらそう、祈った。