汚れを知らぬ真白の少女は泣いていた。
紅い、紅い夕暮れの中、涙も声もなく。
その心の内で泣いていた。






ことのは







主様は美しい御人だ。
相貌はまだ幼さを残す中に艶があり、声は鈴の音、心は無垢で穢れない。
私はそんな主様が愛しくて仕方ない。
現世で人の身になってよかったと思えたのは主様が居たからだ。
やわらかな優しい気持ちがこの刀の身にも心を与えた。
生まれたての心に色をつけ、波打つ事を教えてくれた。
与えて貰ってばかりの私はせめてあの方を守ろうと誓った。
どんな事からも必ず守ろうと。
だけど、主様はいつもこの夕暮れに泣くのだ。
心で、何度も泣くのだ。
嗚呼、何故泣くのだと募らせた愛しさは我侭になっていく。
それは果たして主様にとって良いことなのか私にはわからない。
ただ、波打つ心は気付けば勝手にこの身体を動かした。

「主様、隣に座っても良いですか?」
「ええ、どうぞ。小狐丸」

主様の小さな身体の隣に腰をかけて空を眺める。
紅い空はゆるゆると静かに夜色へと染まりゆく。
静かにそんな空を見上げていると主様は静かに呟いた。

「小狐丸は私の元にきて、幸せですか?」

それは幼子が縋るような声だった。
漠然とした不安が入り混じるその声に私は視線を主様へと向けた。
不安な色を称えた瞳に私は優しく微笑む。
頬を撫ぜ、安心してほしいという気持ちを込めて温もりを与える。

「幸せですよ。主様の隣はいつも温かい。ずっと傍に居たいと思います」

その言葉に小さく微笑み、主様は私の手に華奢な白絹の指を添える。

「私も、同じ気持ちです。皆が居て、小狐丸・・・貴方がいて。
だから、私は幸せが怖い。変わらぬ日常など、ありはしないと知っているから」

小刻みに震える指先に私は目を丸くした。
だが、その言葉の意味を私は深く理解する。
主様は、幼き頃から死に近い。
宿る力の強さから常に狙われ続けるその御身が今、こうしてあるのは多くの屍を越えてだ。
望む望まぬに関わらず力は多くを惹きつける。
それに振り回されてきたここまでの人の生は、
この幸せが今にも消えるのではないかと不安を、恐怖をどこまでも掻き立てるのだろう。
私はどう言葉を紡ごうか悩んだ。
言葉で大丈夫だと言う事は簡単だ。
だけど、それが本当に主様の心を救えるとは到底思えない。
この方の深い悲しみを救えるとは思えないのだ。
人の身とは、言葉とは難しいものだと目を伏せた。
だが、私はそれでも主様に伝えたい。
だから、その身を引き寄せてこの腕に閉じ込める。
合わせた肌から伝わる温もりは切なさを孕んでいた。

「この小狐をどうか信じて下さい。不安になるならばいつでもこの私がこうやって傍に居ます」
「小狐丸・・・」
「主様の幸せが私の幸せ。
私は多くを与えてくれる貴方が幸せになる為ならばどんな不可能だってやり遂げます」

人を模した人でないものにしか出来ぬ事。
人を模しているからこそ出来る事。
この、小狐の出来る事を全て貴方に捧げることしか私には出来ないから。
揺れる瞳に宿るのは強い意思だ。
少し身を離し、力強く微笑むと主様もそんな私の瞳を見つめた後、少しの間を置いて瞳を伏せた。
静かに美しい瞳から一筋伝う雫は儚く、淡い。

「・・・私の名を呼んでくれますか?」
「主様が―――が、望むのであれば」
「最期まで・・・私を一人にしないでくれますか?」
「一人になどさせませぬ。この小狐が必ずいつでも傍らに」

そっと額を合わせて、祈るように誓う。
神聖な儀式のように。

「なら、私は・・・今、とても幸せです」

心が溶けてしまいそうな笑みに私も、微笑みを浮かべた。
契った約束を見届けるように、一枚の紅葉が風と共に私たちの間を擦り抜けていった。