君の優しい瞳が好き、君の柔らかな声が好き、君の笑顔が好き。
君を構成する全てが、君と居る時間が全て全て愛おしくなっていく。
それでも自分がこうして傍に居れるのは後僅か。
自分が君の傍から離れたらその隣に違う誰かが並ぶのやろうか?
そして、いつかその誰かだけに特別な笑顔を見せるのやろうか?
刻々と迫る最後の日に近付くに連れてそんな不安が心を襲う。
揺らぎ揺らめく水面
放課後の帰り際に制服の端を掴まれて振り返れば彼女の穏やかな笑顔があった。
「くーちゃん。今、帰る所?」
「ちゃん!そやでぇ〜ちゃんも今帰り?」
心の中は不安と焦燥と喜びが混じり合って大変な事になってるけど、努めて普通に振舞う。
彼女に心配だけは掛けたない、とそれだけを強く思って。
「うん。良かったら一緒に帰らない?」
「勿論。大歓迎やでぇ〜ついでに手ぇ繋いで帰られん?こう、ぎゅーっと」
冗談半分繋ぎたい気持ち半分でそう言うと彼女は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが
すぐにクスリと微笑を浮かべ、そっと優しく僕の手を取った。
きっと、彼女にとっては友達と手を繋ぐという事は何でもない事なんやろうけど、
繋がれた僕はもう心臓がバクバク音を立てていて、きっと頬も赤かったやろうと思う。
「じゃあ、帰ろうっか?」
「・・・そ、そやね。んじゃあ出発〜」
歩き出して話をし始めれば幾分か慣れ、緊張が少しマシになった。
せやけど、やっぱり照れてまうのは仕方ないと思う。
それに気づかん程、彼女が鈍感のぼけぼけさんやったんがその時は非常に助かった。
ころころと変わる表情を目で追って、彼女の声に耳を傾けて、触れる熱を感じて。
嗚呼、さっきまでの焦燥と不安はなんやったやろうかって位、喜びと幸せとでいっぱいになっていく。
だから、彼女と一緒に居る時間はどんな事をしても大切にしたいと思ってしまうやろか?
だから、離れたくないと、別れたくないと思ってしまうんやろか?
きっと両方やと思うけど、この気持ちを総合すると彼女の事が好き、それに繋がるんやと思う。
「くーちゃんは進路はどうするの?」
「・・・え?進路?」
「そう。進路。私はまだよく判らなくて・・・」
そんな事を思っているとふいに振られた卒業後の話。
彼女は特に何かに気づいてそう言ったのではなく、
彼女自身が進路をどうすればいいか迷ってるから単に聞いただけ。
でも、離れたくないなぁって卒業後の事を考えていた僕は驚いて思わず口を閉ざしてしまった。
唐突に止まった会話に彼女が不思議に思うのは当たり前で繋がれた手はそのままに互いに歩みを止めてしまった。
「くーちゃん?どうかした?」
彼女にそう問い掛けられるまで止まった足と思考は動かなくて我に返った途端、不自然な笑みだけ浮かべた。
「くーちゃん?」
このまま何も言わんかったら彼女を不安にさせる。
そう思い、何かを告げようとするが言葉が出ない。
困らせたい訳じゃない、不安にさせたい訳じゃない。
だけど、心の奥底でこの想いに気づいて欲しいと思ってるみたいで返す言葉は結局出ぇへんかった。
「あかん!!忘れてたわぁ〜僕、今日はこっちの方に用事があるねん!」
「え?用事?もしかして、御仕事の?」
「あ、うん。そんなとこ。せやから今日はごめんなっ。ここでお別れや」
勘違いしてくれた彼女に良かれと思い、仕事とそのまま嘘を吐く。
彼女は本当にそうだと信じ切っている様で
「いいよ。気にしないで。ほら、急がなきゃ」と僕の身を案じてくれている。
その姿に胸が微かにズクンと痛んだ。
大好きな彼女に嘘を吐いてる。
その罪悪感がこの胸に痛みを与えてるんやってすぐに気づいた。
「じゃあ、ほんまにごめんなっ。また明日」
「うん。じゃあ、また明日ね」
互いにそう言って手を振ると踵を返して歩き出した。
だけど、僕は一、二歩進んだ所で足を止めてそっと振り返った。
彼女の後姿が夕焼けに呑み込まれていく様なそんな光景が眼前に広がって思わず見入る。
片手をそっとその背に伸ばして思わず駆け出したくなる衝動。
でも、踏み出す勇気もなく、鉛の様に重い足はその場に自身を縫い止める。
そして、僕は力なく手を下ろすと足下のコンクリートに視線をやった。
「結局、僕はどうしたいんやろか・・・」
呟いた言葉は虚空に消えて、ただ、僕の姿を夕焼けだけが見てた。
自由になりたいと願って自由になった筈やのに。
(鳥の様に自由に飛べても休める場所がなかったらそれは自由とは言わない様に。)
(僕も結局、焦燥や不安に駆られて全く自由になれてなかった。)(自由ならば想いすら簡単に伝えられる筈やろ?)
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