その日の旅団アジト内はやけに静かだった。
と、言うのもたまたまアジトの中に残ったのがたったの三人だったのだ。
皆がそれぞれ出かけた中残ったのが比較的静かなタイプばかり。
ただ、残っている内の一人シャルナークは後の二人が恋人同士という事もあり
居辛くなるかなと考えていたりもしたのだがその気配が全く無い。
作業を中断してふと気になった事があり、二人の方に振り向いた。






愛らしい羞恥








「団長。その本取ってくれ」
「これか?
「そう、それ。ありがとう。団長」

恋人同士というには何処か事務的なやり取り。
一際そういうイメージを抱かせているのはきっとの方だ。
そう思うとひたすら読書に勤しむ二人に向かって声を掛けた。

「ねぇ、団長、
「ん?どうかしたか?シャル」

クロロが本を読み続けたまま声だけでそう返す。
は何も言葉にはしなかったがシャルナークに視線を向けて次の言葉を待っていた。
シャルナークはそのまま思った事を口にした。

「どうしては団長の事を名前で呼ばないの?恋人同士なんでしょ?」

シャルナークの言葉にクロロは漸く本から視線をシャルナークへと向けた。
どうやら彼の心の琴線に触れたらしい。
訊ねられたの方はぱちくりと瞬きを繰り返す。

「そう言われてみれば名前で一度も呼ばれた事ないな」
「・・・・え?嘘!?」

思わずクロロが漏らした言葉に質問した当事者が驚く。
まさか一度も名前で呼ばれた事がないとは思いもしなかったのだ。
皆の前ならまだしも二人っきりでも"団長"はないだろうと踏んでいたから驚きも驚きだ。
はどこか気まずげに視線を逸らす。

「本当だ。あまり気に留めてはいなかったが常に団長だな」
「・・・。それは可哀想じゃない?」
「べ、別に名前なんて人を区別する為の記号みたいなものだろう」

クロロに同情してシャルナークがに訴えるが苦しげな言い訳だけが返ってきた。
声が若干上擦っているし、何かを隠していると
ありありと判る態度を取られてクロロとシャルナークは互いに顔を見合わせた。
そして、に突き刺さる二人分の視線に
はうっと小さく声を漏らすが無言を貫き語ろうとはしない。
口元を分厚い本で隠してしまっているから表情もいまいち見えない。

。折角だ。これから名前で俺の事を呼んでくれ」

何も言わないに先手を打ったのはクロロだった。
シャルナークはそんなクロロに同調し、「そうしてあげなよ」と後押しする。
ますます退路が塞がれてしまったは悶々と思考を巡らせていくにつれて顔を本で覆っていく。
そんなにクロロが近付き肩を抱いて耳元で囁いた。

「なぁ、駄目か?」
「ひゃっ・・・!」

ヘタレな部分も多いが流石女慣れしてる団長だなとシャルナークはその光景を温かく楽しげに見守った。
すると、耳元で囁かれて未だに顔が近い為、熱い吐息が耳元に掛かっているは次第に小刻みに震えた。
次の瞬間、クロロの腕を強く振り解く様にして大声を上げて立ち上がった。

「あああああ!!!」
「「!?」」

普段冷静な彼女にしては珍しい光景にクロロとシャルークが思わず驚きに肩を激しく上下させた。
すると、は真っ赤な顔で必死にこう告げた。

「な、名前でなんて恥ずかしくて呼べるかぁあああ!!!」

叫びながら本を片手に走り去っていくを呆然と見つめる二人。
そして、パタンと扉が閉まった瞬間、クロロが腹を抱えて笑い出した。

「くっ・・・ハハハッ!!あー!見たかシャル!」
「団長、笑ってあげるのやめてあげようよ。も必死だったんだからさ」
「だって、可愛すぎるだろう。恥ずかしくて名前呼べないなんて・・・
ああ、本当に悶え死ぬ。流石、俺の可愛いく愛しいだと思わないか?」
「団長ー変態くさいからねー」

涙目でそう告げるクロロに冷めた視線を送るシャルナーク。
ひとしきり笑い転げるとクロロは涙を拭いて立ち上がった。

「あー・・・取り敢えず機嫌を損ねたお姫様を迎えに行くとするか」
「そうしてあげなよ。なんか凄く気の毒に思えてきたから」
「ああ、じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃーい」

気の無い返事をして手を振って団長を見送るとシャルナークは一人ぽつんと取り残された部屋を見て呟く。

「なんか、突っ込まなきゃよかったかな?惚気られて御馳走様ーって感じなんだけど」

唐突に虚しさが襲ってきたシャルナークは溜息を吐くと途中だった仕事を終える為、再びパソコンの画面へと向かった。



予想外に純情な理由。
。ほら、俺はちゃんと呼んでるんだから呼んでくれないか?)
(・・・く、クロ・・・呼べるかっ!!)(可愛いなぁー・・・)