その双眸に見つめられて平伏さぬ者などいない。
荊と言う名の武装をした美しく気高い薔薇。
瞳で狙いを定められればそこで運命は決まる。






瞬間的チェックメイト







「クロロ。そんなに熱い視線で見つめちゃイヤ」

両手で頬を挟んでぽっと顔を赤らめる自身の師匠。
相変わらず弟子をからかうのが好きな人だななんて思いながらも読んでいた本を置き、爽やかな笑みを浮かべる。

「そんなに見つめてましたか?」
「うん。すごく。師匠の私に惚れちゃ駄目よ?」

俺が問うてみたものならばにっこりとそう告げる。
口元は笑みを浮かべているが目はまるで獲物を捕らえる肉食獣のように気高く煌いていた。
油断を見せれば喰われてしまう。
そう感じさせる程、彼女は強く気高く美しい。
苦笑を浮かべてそう思いながら返答を穏やかに返す。

「惚れませんよ。恐れ多い」
「うふふ。どうかしら?」

楽しげに笑う彼女。
瞳も口元もにっこりと深い笑みを浮かべる。
この表情を浮かべている時は大概自分が不利な状況に置かれている時だ。
でも、ここで後悔したところで今更遅いのは身をもって経験済み。
ならば、後はこの身を流れに任せるだけだ。

「それはどういう意味ですか?」
「秘密。言わなくてもクロロ自身がよくわかっていることでしょう?」

深い意味を含んでいる様な言い回し。

「なんのことだか」

思わず惚けるけれど、それも無駄な抵抗。

「惚けちゃうの?いいけどね。結局、最後に負けるのはクロロだから」
「いつから勝負になっているんです」

支離滅裂な発言に冷静なツッコミを入れる。
けれど、彼女は満足気に微笑むだけ。

「今から。っていうかね。クロロは一生私に勝てないの。
下克上なんて絶対に叶わないのよ。だって、貴方より私は遥か高みにいるから」
「凄い自信ですね。それを覆せたらどれだけおもしろいだろうか」

挑戦的なことを告げようとも彼女は本気にしやしない。

「生意気よ。でも、その意気込みや善し!・・・あ、このクッキーおいしい」

急に話を逸らされて俺は思わず脱力する。
だが、それが決定的な油断だった。
胸倉を思いっきり捕まれたかと思うと吐息を至近距離に感じた。
俺のそれと師匠のそれが触れ合うと芳ばしい香りとサクリとした感触が口の中に広がる。
そして、ゆっくりとその唇が離れると彼女は妖艶な笑みを浮かべて告げた。

「ね?おいしいでしょ?」

その笑みとは不釣合いな言動に俺は思わず思考を停止させる。
しかし、すぐさま行動の意味を理解すると不覚にも頬を紅く染めてしまった。
全身の血が逆流するような錯覚を覚えるほど熱くなる頬。

「ふふっ。やっぱりクロロは私には勝てないでしょ?」
「・・・には参りますよ。頭が上がらない。本当に」



チェックメイトは芳しい香りと共に
(勝ち目など出会った頃からありやしない。)