「姜維。おはよう」
殿、おはようござ・・・!?」

異世界、異界もしくは未来から来たという女性、殿。
文化の違いなのかはたまた彼女が異なのか判りませんが
往来での接吻、しかも朝からは少し控えて頂きたかったり。






恋を語るに文学さえ口惜し







殿、女性からその様な事をしかも朝からしてはいけません!」
「え?挨拶駄目?」
「そうではなくて・・・せ、接吻を止めて頂きたいのです!」

注意もとい説教をするも彼女は無表情でぽかんと口を小さく開いて首を傾げる。
暫くして彼女は首を元に戻すと再び私に唇を重ねた。
それは直ぐに離れていったが私の顔を朱色に染めるには充分なものだった。

殿!」
「だって、しちゃいけない理由が判らない。こんなにもっちりした唇あったら普通するよ?」

さも私が可笑しい様な言い方にこの人はと若干拳を振るわせる。
相手は女性、相手は女性と言い聞かせて何とかそれを下ろすともう一度改めて強く注意する。
まるで子供を躾ける親の心境だ。

「しません!女性なのですから慎みを持って行動して下さい!」
「男尊女卑。私はそっちの方がいけないと思うよ?」
「どっちがいけないとかじゃなくて!!」
「ほら、姜維。御飯、御飯。早く行かないと馬超辺りに食われる」

腕を引っ張って先を行く事を促す彼女に結局毎朝折れてしまう私は結局彼女に甘いのかもしれない。

「・・・はぁ、判りました。」

私の溜息など気にした様子もなく、陽気に前を歩く彼女が少し恨めしかった。

「という訳なんです。丞相。そもそも、そういう関係でもないのにこのままでいいものかと・・・」
「いいではないですか。貴方は仕事や勉学等に追われてばかりで
女性の影を見た事がありませんでしたから寧ろそのまま結婚してしまえば」
「丞相!」

あんまりな丞相の言葉に思わず涙目で訴える。
こっちは真剣に悩んでいるのに丞相は少々楽しんでいらっしゃる。
それに結婚など!と悶々としていると丞相はくすくすと笑いを漏らした。

「ふふ、すみません。意地悪が過ぎましたね。ですが、姜維。本当に嫌ならば
もっと強く言う事も出来ると思うのですがね。私には貴方が彼女を好いている様に聞こえますよ?」
「そ、そんなことは・・・」
「ないとは言い切れますか?まあ、何はともあれ一度彼女に
ちゃんと自分の気持ちを考え、伝える事が得策だと思いますよ」

丞相の言葉に私は筆を止めて小さく判りましたと呟いた。
正直、丞相の言葉は的確だと自分でも判っていたので
仕事を終えた後、素直にその助言を聞く事にして彼女について改めて考えてみた。

「考えてはみたものの更に訳が判らなくなったのですが・・・」

大きな溜息をついて項垂れる結果になった理由は簡単だ。
恋愛など生まれてこの方一度もした事がなかった。
たった、一行で収まるそんな理由だった。
自分は理詰めで考える人間故にどうにもこういう感情論は苦手なのだ。

「私は、どうすればいいのでしょう。丞相」
「何が?」
「うわっ!殿!?」
「ワォ、こっちが吃驚。で、何をそんな悶々と悩んでるの?」

何時の間に部屋に入ったのやら相変わらず表情が読めない彼女は首を傾げてじっと見つめてくる。
逸らされる事のない真っ直ぐな視線というのは何やらくすぐったくて思わず逸らす。

「い、いえ、大した事ではないのです」
「嘘下手。姜維、顔に出易いね」
「・・・そんなに解りますか?」
「鎌かけてみた」
「・・・・・」

軍師なのにあっさりと口車に乗せられてしまった私は思わず机に突っ伏した。
こんな事で私は丞相に追いつく事が出来るのだろうかと更に悩みの種が増える。
が、今はそれより彼女の事だ。
あっさりと鎌を掛けられ、悩んでいると見破られてどう言い逃れをすればいいというのだろう。
それもだ。
色恋で悩んでいたなどと口が裂けても言える訳がない。

「もしかして、私?」
「え!?いえ、その!」
「あー・・・私か。もしかして、本気で迷惑ならもう諦めるけど?」

言い当てられて驚いている間もなく、驚くべき事を告げられて私は不覚にも硬直してしまう。
いや、それが解決法の一つだという事は判るのだが何故かとても不快な気分になってしまった。
自分でも意味が判らないが何故だか彼女が自分から離れていくのは酷く嫌な気分なのだ。
そんな私を見つめていた彼女は少し視線を外した後、少し思案してこう告げた。

「姜維は口付けされるの嫌?」
「え?そんな事考えた事なんて・・・」
「考えずに直感が一番判り易い。ほら、実践」

彼女はそう言って私の頬を両手で挟み、軽く唇を押し当てた。
重なる柔らかな感触と頬を触れる滑らかな指先の感触に鼓動が高鳴る。
煩く警鐘の様に響くそれに私は顔に熱が集中するのを感じた。
だが、どうだろう。
意識をして口づけを感じてみれば嫌悪感はまるでない。
彼女が離れていってしまうと思った時にはあれ程不快になったというのに。
離れていく唇と同時に瞳を開けると間近に彼女の顔があり、また鼓動が大きく一つ鳴り響く。

「どう?」
「嫌、ではないです。ただ、心臓が早鐘の様に酷く煩いだけで・・・」
「そう。なら、そういう事じゃない?ほら、私だって同じだし」
「え、うわっ!?」

徐に私の手を引くとそのまま彼女は自分の胸に手を触れさせた。
唐突な事に最初は驚くも掌から伝わってくる通常よりも早い鼓動に私は同じだと思った。

「ね?」
「は、い」
「考えるより感じた方が早い事だってある。姜維は理詰め人間だからきっと悩んだんだろうけど」
「ええ、きっと気付かなかったと思います」

そうはにかんで笑うと彼女は珍しく微笑みを浮かべた。
あまり見た事のないその微笑はとても綺麗で再び鼓動が高鳴る。
彼女の一挙一動に翻弄されるも温かなこの感情が心を満たしていく。
彼女の言った通り、感じてしまえばこれが恋というものなのだと実感が湧いてくる。
恋に理論なんて通じない。
感じなければ答えは出ない。
それはなんて新鮮な感覚であるのだろうと思うと再び彼女が軽く短く口付けて微笑んだ。

「姜維が大好きだよ」
「・・・私もの事がとても好きですよ」

彼女が触れたがる理由が今なら判る。
こうも触れ合う事は時に言葉よりもずっと人を幸福に導くのだから。


飾った言葉よりも単純な口付け一つの幸福。
(言葉など溢れる想いを伝えるには少な過ぎるから)