たまには過去の憧憬に思いを馳せるも悪くない。
無邪気に笑った過去の思い出と今。





魔法がかかった夢物語






ボリュームのある雲とぎらつく太陽、鮮やかな青空が夏だと訴えかけてくる様な晴天。
隣の防波堤を平均台を渡る様にバランスを取りながら歩く彼女が勢いよく此方へ振り返る。

「橘は小さい時、将来何になりたかった?」

急な質問に俺は少しきょとんと間を置いた後、手を組んで考える。

「俺?そうだなぁ・・・確か、消防士だったかな?ハルと画用紙に絵を描いた覚えがある」

昔描いた絵を思い出して自然と小さく笑いが漏れる。
それに釣られたのか彼女も少し笑って、防波堤から俺が歩いている歩道へジャンプした。
隣に楽しげに並ぶとまた一緒に歩き出す。

「消防士かぁ。橘、鍛えてるし、似合いそうだなぁ」

マジマジと俺の全身を見て、頷く彼女。
何だか少し恥ずかしいのだがそれは想像されたせいなのか、それとも彼女が好きだからどきどきするのか。
正直両方な気がするけど、小さく深呼吸をして冷静になれと自分に暗示をかける。
あまり効果はないけれど、ふにゃっと笑って応える。

「そうかな。そういうさんは何になりたかったの?」
「私か?んー何だっただろう?べたにお嫁さんとかかな?」
「かなって意外に小さい時の事はあんまり覚えてないの?」
「んーそんな事ないけど」

本当にあまり記憶にないのか真剣に思い出そうと首をひねる彼女。
だが、思い出せないのか暫くして、がぐっと肩を落とした。
何事にも全力な姿が微笑ましくて、自然と笑みが零れる。
そこまで、気にしなくとも、と声をかけようとした瞬間、彼女は急に勢いよく顔を上げた。
あまりの勢いのよさに両肩を震わせて驚いた俺。
心臓が早鐘のようにドッドッドッと脈打つ。
自由奔放なのはいいがこういう所は少し困る。
しかし、そんな俺の心情など知らずに彼女はこちらにきらきらとした向日葵にも似た人懐っこい笑顔を向ける。

「橘。昔の将来の夢は思い出せなかったけど、私、今ものすごく叶えたい将来の夢ならあるなぁ」
「何?教えてほしいなぁ」

尋ねたくなるぐらいとても愛らしい笑顔を顔一杯に浮べるものだから思わずそう紡ぐ。
彼女はその言葉にぴたりと足を止めるとまた、隣の防波堤に軽々と登った。
釣られるように見上げると彼女は普段とは違う笑顔を浮べていた。
ふわふわとした砂糖菓子のように幸せを詰め込んだ柔らかな笑顔だ。

「お嫁さん。橘のお嫁さんに私はなりたい」

予想を超える言葉が飛んできて、衝撃のあまり頭の隅々まで真っ白になる。
だが、じわじわと身体中がその言葉を理解すると同時に熱を帯びていく。
熱いのか暑いのかわからないぐらり巡る熱に眩暈すら覚えそうだ。
羞恥が入り混じる顔に、どういった表情を浮べたらいいかわからなく口元に手で覆い隠すと視線を逸らした。

「橘、大丈夫?顔紅いよ?」
「っそりゃ、大丈夫じゃないよ。いや、大丈夫だけど!あーもー!!」

色んな考えが巡るけど、全く正常に動こうとしてくれない脳が反応を鈍らせる。
思考なんて纏まりもしないで、うだうだしていると彼女はまたひらりと防波堤から飛び降りて、俺の前に立った。
とても近いその距離は、友達というには近すぎた。
胸が締め付けられて、息も出来ないほど心臓が高鳴る。
そんな俺の心情を知っているのか知らないのか彼女は華奢な透き通るほど綺麗な両腕を伸ばした。
不意を突かれたせいもあるが胸倉をがっつりと掴まれて、強制的に屈まされた。

「ねえ、橘は私がお嫁さんじゃ嫌かな?」

小悪魔って居たらこんなのかなと思うほど、あどけなさと妖艶さを孕んだ表情で迫られる。
そんなもので迫られたからか羞恥心とか色んなブレーキが一気にぶち壊れたのか身体が反射的に反応した。

「そんなわけありませんっ・・・!」

勢いよすぎるほど首を横に振ると彼女は更に小首を傾げた。

「じゃあ、橘は私をどう想ってくれるのかな?」

判ってるくせにと言ってしまいたかった。
だけど、彼女の瞳は口よりも雄弁にそれを認めてはくれなかった。
だから、俺はかっこ悪く顔を赤らめたまま、彼女を抱き締めた。

「好き。好きだよ!あーもーかっこ悪いなぁ・・・・俺」

諦めてそう告げてしまえば、彼女はゆっくりと俺を抱き返した。

「あはっ!そんなことないよ。橘は私にとって最高にかっこいい大好きな人だよ!」

心の奥底から溢れる喜びが混じるその言葉に俺も釣られて笑い出す。
その時、俺は嗚呼、やっぱり好きになってよかったなぁって思ったんだ。
永遠にそれは変わらないんだろうなと俺は右手を彼女に差し出した。

「じゃあ、いこっか。みんな待ってるよ。
「うん。そうだ!真琴。私、さっきね。次の夢を見つけたんだ!」
「今度は、何?俺もその夢にはいるのかな?」
「当たり前でしょ!真琴が居ないと困るよ。だって、これからは・・・」

彼女は純白のドレスを躍らせて、この世の全てが霞むほどに綺麗な花嫁姿で微笑んだ。

「ずっと一緒、だからかな」
「そう言う事です。旦那様!!」

頬に口付けるとお返しと言わんばかりの口づけを頂いて、俺は彼女の次の夢を聞きながら教会へと歩き出した。