俺の初恋の人は、まるで風の様な人だった。
ふわり、ひらりと誰にも捕らえられない。
自由な彼女は、長い髪を風に躍らせていつも目を細めて笑う。
まるで、俺の鼓動の高鳴りすら知っているのだと言わんばかりに。
そんな仕草すら俺の心臓は高揚して、激しく高鳴る。
溺れている、そう感じる恋だった。
そして、俺はまた、恋をした。






二度目の初恋









「ああ、真波か。久しぶり」

入部初日にあの頃よりも大人びた彼女と再会した。
俺の初恋の人で、同じ中学の先輩だったさんだ。
彼女が箱学に進学した事は知っていたがまさか、自転車競技部でマネージャーしてるなんて思いもしなかった。
興味があるなんて一言も聞いた事はなかったし、
元々部活なんてするようなタイプの人じゃなかったから。
だから、驚きで声も出せずに瞬きを繰り返しているとさんはくすりと上品に笑うと俺の頬にそっと触れた。
俺の存在を確かめるように頬を撫でると昔と変わらず目を細めて、更に笑みを深めた。
まるで、華が綻ぶ様に艶やかに厳かに微笑む姿に頬が熱くなる。
嗚呼、この瞳が俺はずっと恋しかった。

「真波、随分背が伸びたな。前はあまり変わらなかったのに」
「・・・そりゃあ、男ですから二年も経てば背も伸びますよ」
「そうだな。でも、昔と変わらず真波は真波でよかった」

それがどう言う意味なのかよくは分からなかったが以前より含みのある言い回しをする人なので気にしない事にした。
触れていた手が離されて残された熱を感じながらそれよりも先程から疑問に思っていた事を投げかけた。

さんはどうして自転車競技部に?」
「マネージャーをしているのは不思議か?」
「そりゃあそうですよ。昔は全然興味がないって感じだったじゃないですか」

中学時代を思い返してみるが何度となくロードレースの話をしていたが常に俺が一方的に話しかけているだけだった。
彼女の表情には興味という二文字は一度も浮かんでいなかったと思う。
彼女もそれは理解しているらしく軽く頭を上下に動かした。

「うん、興味はなかったな。ただ、真波があまりに熱心だったからどんなものかと思って高校を機にマネージャーとして入部してみたんだ」
「俺が、ずっと言ってたから・・・?」
「あれだけ言われば嫌でも気になるだろう?まあ、今は私自身、ハマって楽しいから続けているがな」

俺が言っている事なんて正直覚えてもいないだろうと思っていた。
だって、本当に興味なさげに曖昧な返事しかなくて、それでも傍に居たい一心でずっと話しかけてた。
それが少しでもさんの心に残っていたなんて、それだけで幸せだなんて、本当に俺はどうかしている。
空白の二年間こんな気持ちになる事なんてなかった。
さんの事を思い出しても、溢れ出しそうな程の想いも心臓の高鳴りもなくて、俺の初恋は終わってしまったのだと思っていたのに。
目の前の人の一挙一動が愛しくて、揺れる髪が、覗く瞳が、触れる指先が全て欲しいと思う程の熱情に俺はまた身を焦がしている。

「真波?」
「へ?あ・・・・ごめん、ぼーっとしてた」

彼女の怪訝そうに名前を呼ばれて漸く現実に戻る。
誤魔化すように笑ったが彼女は俺の頬を細い指先で思いっきり抓る。

「いい度胸だな。真波。人と話している時に」
「いっ!いたたたた!さんっ、ご、ごめん!」

暫し、罰を与えられた後、一息吐くとさんは向き直り、俺に告げる。

「ここに来たという事は入部するんだろう?」
「うん、勿論。俺、今も山好きだし、自転車も勿論好きだから」

その言葉に挑戦的な瞳でさんは俺の胸元をごんっと拳で叩いた。

「なら、またよろしく。今度は話だけじゃなくて、実際の真波の走り、楽しみにしてる」

俺にそう言葉を投げて、部活に戻ろうとする後姿を少し、呆けて見ていた。
でも、言葉の意味を頭で理解し終えると俺はその後姿を追いかけて思いっきり抱きついた。
よろけるさんからは非難の声が飛んでいたけれど、気にしない。

さんの期待、軽く超えてみせるよ」

きっと、今度は失くさない。
再び芽吹いたこの感情はもう止まる事なく、ただ加速していくのだと俺にはわかる。
だから、覚悟して待っていてほしいと腕の中の人を想った。