蝉時雨が響きわたる夏の日の事。

「光秀。空が見事に青い。実にいい天気だ」

部屋の中から庭に出ている私に声が掛かる。
清らかな鈴の音のような声が当たりに響く。
無論、私の耳にも心地よく響いてゆく。

「だから、なんなんです?

私は、ゆっくりと視線をに向ける。

「たまには外に出たい」






空が青くて青くて涙が出た







「やはり外はいいな」
「そうですか。私は特に何とも感じませんが」

馬を置き、に近づけば嬉しげな笑みを向けられる。
すると、不思議と心が穏やかに落ち着く。

という人間はいつもそうだ。
私の殺戮への欲望を止める枷のような役割をする。
狂気に走り、欲望のままに生きる事に喜びを一番感じていたのに。
今となっては彼女の望みを叶え、彼女の至福を第一として生きている。
自分でも分からない無意識の内に。
そもそもは私共と違う人間であった。
異世界とやらから織田に舞い降りた天乙女なのだから。
その事を本人に言えばそんな大層なものではないと言うが。

「光秀。何を考え込んでいる?」
「・・・いえ、別に何も」

唐突に思考に割って入るように声を掛けられて少々動揺する。
しかし、平静を装って返事をし視線を逸らす。

「ふーん。まあ、いいけどさ」

彼女は首をやや傾げつつもすぐさま他のものに視線を向ける。
それを静かに横目で追う。
幾多のものをその目に映しては幾多の想いを巡らせて。
幾多の表情を浮かべてゆく。
移り変わるその表情は虹のように様々な色を見せる。
嗚呼、本当に彼女はどこまでも私と違う人間で。
決して相容れぬ存在なのだと思い知らされるようで心が痛い。
何故・・・?
何故、心が痛いなどと感ずるのか?

「(わからない・・・・)」

理解し難いその感情に瞳を伏せるとそっと頬に何かが触れる。

「光秀?やっぱり体調でも悪いのか?」
・・・」

その触れたものは彼女の白百合のように白い手で。
優しく温かい温もりがその手を介して伝わってくる。
その温もりにまるで溺れていくような錯覚に陥る。
そして、もっと触れていたい。
そう、心の奥底から殺戮を求める時に似た程強い願望が浮かび上がってくるのだ。
まるでそう求めることが当然のように。

・・・もっと触れていてください」
「光秀?」

少し理解できぬように首を傾げた
しかし、しばらく見つめていれば彼女は困ったように笑った。
そして、頬に触れていた手を下ろして私の背にそっと腕を回す。

「これでいい?」
「ええ・・・」

まるで幼子をあやす様にぽんぽんと背を優しく叩かれる。

それが心地よくて瞳をそっと閉じた。

「光秀は大きな子供だな」
「何がです・・・?」
「ん?全部が。自覚はないみたいだけど」
「・・・・・」

言われた言葉が理解できなくて思案しているとはそっと私に視線を合わせるように見上げてきた。

「んーまあ、手の掛かる子は可愛いみたいな?」
「何ですかそれは」
「要は光秀の事が好きだって事だよ。特別っていう意味で」

唐突に言われた言葉に私は目を見開いた。
すると、彼女はクスクスと笑いを浮かべる。

「まるで予想してなかったって顔。ふふ、光秀はどこか人の想いに疎いところがあるから当然か」
「人を馬鹿にしたような言い方ですね」
「いえいえ。本質を見抜いているって言って欲しいなぁ」
「・・・・・」

どう言ってもすぐに切り返されてしまって勝ち目など全くない。
そう思い黙り込んで先程が告げた言葉を思い出す。
特別だと告げられた言葉に。
その言葉を聞いて私はまず驚いた。
しかし、その後は満ちたりた気分になった。
そう、分析してようやく気付いた。
嗚呼、これが人の世で言う恋情というものなのかと。
私にもそのような感情があったのだと思いながら。
得心した途端、心の奥底から何か止め処なく溢れるような感覚に襲われる。
そして、こう紡がずにはいられなくなった。

「私もどうやら貴方を特別に愛おしいと思っているようですね」

と、ただあるがままに心のままに言った。
すると、彼女は笑って告げた。

「そんなとっくの昔に知ってる。だって、そうでもないと私なんて呆気なく光秀に殺されてたよ」

そう告げられてみれば嗚呼、確かにそうかもしれないと納得する。
本当に何もわからぬ幼子のようだったのだと私は自身を自嘲した。

「光秀。私はお前を殺戮以外で満たしてやる」
「もう満たされてます」
「まだまだこれからもっと幸福で満たしてやる。
お前が見てきた殺戮の世界よりももっと素晴らしい世界を見せてやる」
「凄い自信ですね」

彼女があまりに豪語するのでそう告げると彼女はさらに強気で告げた。

「当たり前だ。お前を愛した女なのだからな」

嗚呼、本当に全くこの人は。
どこまでもどこまでも。
私とは違う人。
けれど、私の一番近くにいる人。
私が恋焦がれたあの青い青い空より舞い降りたる天乙女。
私を満たすその言葉を聞いて私はただ彼女を強く抱き締めた。
そして、空を見つめてあの日と似た青さを見つめて願った。
嗚呼、どうかこの天乙女を永遠にこの地にと。
手に入れた何よりも愛おしいその存在の温もりに涙しながら願った。



(誰よりも美しい天乙女をどうか永遠にと神ではなく果て無き青へと願った死神のような男のお話。)