生きるか死ぬかの瀬戸際を常に歩き続ける事こそ、この戦国という世の生。
明日には殺し殺される関係になるもまた然り。
貴方も判っていた筈だ。
それでも、貴方が犯したその罪はどこまでも純粋な狂気からの行動だったのだとも理解している。
だから、この手で終わらせましょう。
私こそ貴方の舞台を終わらせる最後の役者なのだから。
血の業
「嗚呼、漸く来ましたか・・・」
恍惚と喜ばしそうに呟く男はゆらりと体を揺らして振り返る。
何時ぞやの真昼に見た髪はあんなにも白く美しく輝いていたのに今はどす黒く濁って見える。
それは私の言い様のない感情がそうさせるのかはたまた本当にそうなのか今の私には区別をつける事ができなかった。
「光秀、こんな形で対峙するとは思わなかったわ。感動の再会などと言えない残酷な形になろうとは」
「そうですね。そうでしょうとも・・・何も申しませんでしたからね。私は。愛しい我が姫君。魔王の娘」
永遠に回りついて来る業が今となっては忌まわしい。
この業さえなければ私はきっと目の前の男の罪などどうとでも良かった。
愛する事さえ出来るのならそれで良かった。
だけど、魔王の娘という肩書きはどうする事もできない烙印。
生まれた時から私は烙印を背負い、魔王の娘として魔王を継ぎし者として生きる運命。
母が戦場でふと漏らした事をふいに思い出す。
―所詮、私もマムシの娘、戦場の匂いにも何の抵抗すら無くなってしまった。
だから、きっと娘である私も同じ運命を辿るだろうと魔王の娘としての道を歩むしかならぬ運命にあると。
その予感は見事に的中してしまい、私は今こうして父を討った男と対峙している。
何と因果な事であろうか。
「貴方はこんな時でも楽しそう」
「そういう貴女も嘆き、悲しむその先で魔王の血が疼き、私の血が見たくて堪らないと叫んでいるのでは?」
「それは光秀の方でしょう?私は違うわ。私は父の後を継ぎ、覇道を進み、魔王となる。ただ、それだけよ」
闘争の快楽などそこには存在しないのだと含みを持たせて言えば、光秀は楽しげにのげぞり笑った。
実に愉快そうに、実に幸せそうに。
「これは・・・これは・・・本当に貴女は魔王の娘なのですねぇ・・・
実に愛おしいですよ。。実に、ね。やはり貴女は帰蝶の娘ではなく、信長公の娘だ」
「今更、何を言うの。さあ、光秀。最期の語らいなどもはや無用でしょう」
鞘から刀を抜けば白銀の刀身が月光に煌き、その切っ先を光秀の喉に向ける。
虫の鳴く声も木々が揺れる音も何もない静寂が辺りを包み、ただ私達は視線を交えた。
「ふふ・・・では、私から行かせてもらってもよろしいので・・・?」
「・・・好きにするがいい」
了承の一言を述べるや否や間合いを詰めてきた光秀はそのまま鎌を振り下ろす。
それをひらりと避ければ横から首を狩らんと舞い躍る鎌をしゃがんで避けるとそのまま刀を下から上へと打ち上げる。
光秀の髪を数本捉えるもあっさりと回避されて、再び間合いを取ると私は一気に駆け寄った。
刀を構えたままその腹を突き刺さんとしかしそれに対して、光秀は片方の手に持っていた鎌を落とし、素手で捉える。
そして、大きく振り被りもう片手の鎌を振り下ろしてきた。
しかし、それは一つの大きな銃声によって阻まれる。
煙が一筋、空に揺らぎ、彼の鎌は寸前で止まった。
「光秀、私は魔王の娘。なれば父と同じ武器を扱うも然り。油断したわね」
「・・・フ、フフフッ。ゴホッ!!・・・その、ようで、すね」
私に覆い被さるように倒れてきた光秀を私は避けて立ち上がった。
もう呼吸も途切れてしまった彼の亡骸はただ月光に照らされていた。
亡骸を見下ろして私の胸に去来するのは如何な感情だったのか。
ただ、言うなればその想いは決して悲哀などと言うものではなかった。
きっと、この手で愛する者を討った瞬間から私は魔王になったのだろう。
「さようなら。光秀。幾千にも幾億にも」
ざりっと踏む砂の音は私の鼓膜を犯しつくす。
最も愛し、最も憎んだ貴方の屍を手に私は魔王を極める。
私はきっと父をも超える魔王になるでしょう。
だって、愛する者すら葬ったのだから。
恐ろしき魔王の血の業よ。
(新たな魔王を生み出そうとして愛していた貴方もこの血の業は殺させた。)
(だが、全ての始まりが貴方ならばそれも至福だと想った。)(それは貴方も一緒だったのかしら?)
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