燻る炎は、焼けた平原に死臭と腐臭を充満させる。
その中を、私は言いようの無い気持ちで進む。
幾度この光景を見た事だろう。
幾度この臭いを嗅いだ事だろう。
幾度戦を終えれば平穏は訪れるのだろう。
いつしか人を殺す事になど罪悪感を感じなくなった。
私達はその瞬間、人であって人でなくなっていた。
あの場では皆が狂人であるしかなかった。
私も貴方も罪の意識など無く、ただひたすらに・・・・






繋がる縁は昏々と結ばれ続けて







あれは人の居るべき世界ではない。
あれは人の世界にはなくてはいけない場所である。
けれど、それを誰一人気付く事はなかった。

「元就」
「なんだ?」

片膝を抱えて瞳を伏せる。
換えたばかりの畳の藺草の香りが何だか心地よい。
今は平穏だと実感させてくれる。

「何故、元就は戦をする?」
「・・・何を突然言い出したかと思えば・・・無論、天下を治める。その為であろう。当然のことよ」

そう、言うとは思った。
でも、私が求めてるのはそういう回答ではない。

「なら、何故天下を治めようとするの?」
「・・・貴様は何が言いたい?」

眉根を寄せて不機嫌な素振りを見せる元就。
そうなる事はわかっていたけれど、そう思うのだから仕方ないじゃないか。

「誰もが戦いを止めれば平穏は続くというのに。何故、誰も気付かない?」
「・・・戯言を申すな」
「でも、明確な事実だ」

反論してみれば元就は意外にすんなりと黙り込んだ。
納得しているのかいないのかはよくわからない。
だが、元就に言っても変わることなどないのだ。
誰かが本当に天下を取らねば。
世がそれを理として回っているのから。

「ごめん。変なこと言って」
「構わん。そなたが変なのは今更だ」
「失礼な。元就だって日輪、日輪って変じゃない」

他愛の無いやり取り。
それが、この日で最後となる。
私たちはそう、戦が再び始まって。
私と元就は、華を散らせた。
命の華を。

「あーあ・・・視界、霞んできた・・・」
「喚く、な。愚か者めが・・・」

戦には負けた訳ではない。
いや、生き残れなかった時点で負けなのかもしれないが。
相討ちというのが的確な表現であろう。
いつもと同じ焦げる野原と燻る火。
死臭と腐臭と血臭が混じり合い。
風邪は生温く死を誘うようで。
いや、的確に私たちの命を蝕んでいるだろう。

「もう、夜か・・・」
「この状況で、まだ生きてるとは・・・そなたもしぶとい」
「うるさい・・・でも、もう、限界」

私は瞳を伏せて告げた。
嗚呼、もう視界は見えなくなる。
だって、もう瞳を開ける力なんて無いから。

「ああ・・・そう、だな」
「ね・・・?この間、言ったこと、おぼえ、てる?」

元就は私の唐突な質問に怪訝そうな声を上げる。

「覚えて、いるが。それが・・・どうした?」

彼の問いに私は乾いた笑いを浮かべる。

「はは・・・私、夢見てたんだ。平穏な、世で・・・ただ、平凡な幸せを、元就と見たいって・・・」
「今更、だな・・・」
「こ、んな、時まで・・・あっさり言い、捨てなくても・・・」

不服を訴えた私だったが元就が次紡いだ言葉に私は驚いた。
ただ、ただ・・・驚いた。

「我も、と、同じで・・・あった」
「え?」
「・・・我もそなたとなら、平穏の中、幸せで、ありたかった・・・」

彼の精一杯の言葉にもう開く事のない私の瞳からは涙が溢れた。
嗚呼、嬉しい。
なのに私はもう彼の顔を見ることもできない。
触れることもできない。
互いが互いにそう思っていただろう。

「一緒、だったんだね・・・なら、きっと、来世で・・・そうありたいね・・・」
「そんな、ものが・・・あれば、な・・・」

笑う声が聞こえて今きっと少し優しげに笑っているのだろうなんて考える。
でも、もう、思考も長くは続かない。

「あるよ・・・きっと。縁とは・・・深いものだから」
「そうか・・・にしてはよい、ことを言う・・・」

最後まで、皮肉を告げる。
冷え切ってきた身体はもう感覚など残っていなくて。
意識も、白さを増す。

「失礼だ、な。ほんと・・・ね、愛してる・・よ・・・」
に、言われる・・・までも・・・ない。
我とてお前を・・愛して、いる・・・来世、までもな・・・」

互いのその言葉に笑い合い、私たちはそっと意識を飛ばした。
残された華の一片がひらひらと舞い落ちて終わりを迎えた。



「ん・・・・」
「珍しいね。元就まで眠ってるなんてさ」

学校の屋上で授業をサボっていた私が目を覚ますと
隣にはいつの間にやら一緒になって眠っている元就の姿があった。

「眠りたい時もある。よりはマシだ。授業をさぼるな」
「さぼりたい時もある。まあ、私はほとんどだけど」
「威張ることか」

皮肉を言いながら起き上がる元就は起き上がりきると私を腕の中に招いた。
後ろから回ってくる腕を感じると私は彼の胸にコトンと体を預ける。
なんだか懐かしい夢を見たからなんとも安堵する。
見たのは前世の夢。
私には記憶があった。
前世の始まりから終わりまでが。
でも、元就にはなかった。
微かなおぼろげな小さな断片程度しか。
彼の場合、それでよかったのかもしれない。
冷徹な面を見せながらも本当は優しい人で兵が減る度に、本当は悲しんでいたから。
きっと、彼は狂っていたから。
あの頃、狂っていたから。
だから、辛い記憶など思い出さなくていい。

「何か夢でも見てたの?」
「ああ・・・微かにだがな」
「どんな、夢?」

夢を普段見ないと言っていた元就が見た夢。
一体何だろうかと思い、尋ねてみた。
そして、返って来た言葉に。
私は、驚くしかなかった。

「はっきりとは覚えては居ないが。
懐かしくもあり、幸せでもあり、悲しくもあり、切なかった。
ただ、消えゆく様なイメージとの声が、聞こえた」

何たる偶然か。
彼も、同じ夢を見ていたのだろう。
あの、死に逝く夢を。
本当に、縁とは深きもので。
昏々と記憶と言う名の糸で互いを繋ぐ。
だけど、元就。
貴方は思い出さなくていい。
だから・・・

「そう。どんな夢だったんだろうね」
「思い出せないしな」
「思い出さなくていい」

思わずきつく言い捨ててしまって元就が怪訝そうに目を細める。

「何・・?」
「ううん。無理に思い出さないでいいんじゃないって意味」

言い繕って笑みを浮かべると私は瞳を伏せた。
平穏な幸せが来世で叶った。
だから、もう辛い昔は・・・前世は思い出さなくていい。
今をただ、生きていこう。
大切に。

「元就。愛してる」
「・・・突然だな」

愛を告げれば降り注ぐキスにまた私は浸り瞳を伏せた。



昏々と心に焼きつく前世の記憶。
(それだけ、互いの想いが強かったから。)