これ以上近づけば私は囚われる。
貴方という名の鎖に雁字搦めに。
これは一線を超える前の最終警告。






最終警告が鳴り響く







全く私もとんでもない奴に目をつけられたものだ。
全力疾走する中、ぼんやりとそんな思考が過ぎった。
偶然の出会いとはどうも自分では選びようがないので仕方ない。
だからかこういう状況に陥らせた神が憎くなる。
偶然という名の手段でこんな危険人物と会わせて。
おかげで私の日常は壊れっぱなし。
平穏を返して欲しい。

「まあ、無理だな」

呟いた自分の声に妙な虚しさを覚える。
そして、ふと後ろを振り返って見るとそこには先ほどまで追って来ていた男の姿はなく。
私はようやく安堵して走るを止めてほっと息を撫で下ろす。
しかし、それは束の間の安堵だった。
これで家に帰れると思い、前を向いた瞬間。
そこには悪魔が微笑んでいた。

「全くそんなに逃げられては困りますよ。
「きゃっ・・・!!」

私は思わず叫び声を上げた。
つもりだったのだがそれは目の前の男の手によって遮られてしまった。

「クフフ。もう観念してはどうですか?」
「ぷはっ!・・・誰がっ!あのねぇ!私は何度も言っているけどついて行く気はないの!
私は平凡な日常を送って普通の小さな幸せが欲しいだけ!それにおいてアンタは最も私の幸せを壊す危険人物なのよ!六道骸!」

一呼吸で言い切った為に少し息が上がる。
すぐに息は整ったがその後にもっと恐ろしい事が起きた。
ふと骸の腕が腰に回ったかと思えば、そのまま器用に私を向かい合わせる形にし。
さらにはその漆黒の手袋越しの指が私の顎を捉えた。

「ちょっと!!」
「クフフ。嫌がったところで貴方は所詮女性です。力の差では到底叶いませんよ?」

この物言いに多少の殺意が芽生えた事は言うまでもない。
だが、事実は事実であるからどうしようもない。
とりあえずタイムリミットまで少しまでしかない今、少しでも打開策を練らなければ。
そう思うが策は浮かばない。
何より、私は・・・
私の中には少しでもこの男を想う気持ちがあるからだろうか?
そんな考えに達した瞬間、私は睨みつけていた骸を無意識に切なげに見つめてしまった。
頬が熱い。
すると急に骸は目を見開き驚いた素振りを見せた。
緩む力を感じて私はその隙にさっと抜け出す。
無言が急に私達の間を襲った。
互いに思う所があったからだろうけれど。
しばし続く無言に耐えられなくなった私は骸に今まで気になっていたことを聞いた。
冷静になってみれば私は骸とまともに会話した事などあまりない。
私を好きだという彼は本心からなのかすらもわからない。
だから、単純に好奇心で気になった。
そういうことにしておきたかったのだ。
私はひたすらこれは好奇心によるものだと言い聞かせる。

「なんで私なの?」
「何がですか?」
「なんで私を求めるの?」

率直に聞くと骸は真剣な面持ちでこちらを見つめてはっきりとした口調でこう言った。

「貴女だけでしたから」
「え・・?」
「貴女だけは僕を畏怖せずに接してくれましたから」

その言葉に私は鼓動が高鳴るのがわかった。

「きっかけはそんな単純なものです。でも、そこから貴女を知るにつれて想いは募りました。
それではいけませんか?貴女が僕をどう思っているかはわかりません。しかし、僕の想いは偽りではない」

しっかりと告げられた言葉に私は動揺する。
作っていた防御壁が悉く壊されていくような。
遮っていたものが壊れて。
もう、どうにかなってしまいそうだ。
しかし、最後の私の理性が最終警告音を響かせる。
この先に行けば私はきっと戻れなくなる。
それがわかるから。
でも・・・私は。

、僕は貴女を愛しています」

そう告げられた瞬間、何かが壊れる音が響いた。
今まで作ってきたものがこんなにも簡単に一言で壊されるなんて思いもしなかった。
けれど、もう誰にも止められない。
私は近づいてくる骸を拒むことなくただ立ち尽くした。
そして、その腕に抱かれた時。
言葉が紡がれた。

「私も・・・貴方が・・・」

そこから先はもう言葉などなく。
ただ、貪るように口づけの嵐を感じた。
そして、その合間に呟かれた言葉。

「やっと・・・手に入った・・・」

その言葉を聞いて歓喜の涙を流した私。
それを拭い再び降る口付け。
嗚呼、もう私は戻れない。
最終警告音はもう響かない。
囚われ逃れられなくなろうとも私はこの人を選んでしまったから。
最終警告を壊してしまったのは他でもない私。
阻むものは無くなって。
そこから進む先は未知なる危険領域。