貴方の夢を見た。
とてもとても仄暗い水底に漂い眠る貴方の姿を。
まるで、水葬のようなその姿を。
ただ、ゴポリと漂う気泡だけが貴方を生きていると知らしめる。
何とも言えないその悪夢から覚めた私の頬に一筋雫が伝った。






仄暗き水の底で







「(嫌な、夢。)」

実に嫌な夢だった。
まるで現実に起こっているほどリアルで。
あの男が早々簡単には捕まっていないとは思うが。
夢であって欲しい。
でも、もし現実ならば・・・
そんな感情が揺らめき合い不安を呼び起こす。
結果、私は何も手がつかなくなりベッドに身を再び沈めた。

「もう一度、眠れば・・・もしかして・・・」

ありえないとは思うのに不思議と会える気がした。
それ以前に何故、あの男がこんなに気になるのだろう。
私は、元々彼に捕まり人質になった。
危害を加えられたのだ。
なのに、私は彼の仄かな優しさや悲痛な過去を感じる中。
まるで恋愛にも似たような感情を抱いてしまったと言うのだろうか?
否、私は・・・彼から注がれる何かに気付いていたからかもしれない。
人は失ってから何かに気付く事が多々あるというが。
私の状況は今まさにそれなのかもしれない。
あの男と離れてから心の中にある虚無感はとても気付かぬ振りができる程のものではなかった。
それはつまりあの男を想い慕う感情があるからということになる。
でも、それをまだ決め付けたくはなかった。
ちゃんと対面して確かめたかった。
だから、私はきっとあの男が気になって仕方ないのだ。
ようやくそう自分を納得させると私はまたベッドに潜り込んだ。
本当に夢で逢えるとは思わないけれど、藁にも縋るつもりで瞳を閉じた。
すると、不思議とすぐに夢に落ちる特有の浮遊感に襲われる。
まるで誰かに誘われるように。
そして、瞳を開けてみれば私の目の前には大きな水槽が広がっていた。
心臓がやけに大きな音を立てる。
嫌な予感がした。
でも、どこかわかっていたのだ。
やはり、あの夢は現実だったのだと。

「骸・・・・」

水槽の中を拘束されて漂う姿に私は口元を両手で覆い、両膝を着き絶望した。
まるで、永久の牢獄の中に入れられたその姿に。
もう話す事すら間々ならないのではないかと思って。
しかし、その私の考えは響く声によって打ち消された。

「まさか、貴方がわざわざ会いに来て下さるとは思いもしませんでしたよ。さん」

そっと、背後から抱き竦められるような感覚を覚えて私は勢いよく振り向いた。
そこには不敵な笑みを浮かべる変わらぬ骸の姿があった。

「嘘・・・だって、あれ・・・・」
「ああ、僕は今精神体・・・魂だけの状態ですから。貴方もですけれどね」

紡がれた言葉に私は驚き声を上げる。

「え!?嘘!?」
「何を驚いているんです。そもそも貴方は部屋で寝ているでしょう?」
「そ、そうだけど・・・これって単純な夢ではないの?」

の最もな質問に骸は頷いた。

「ええ、幽体離脱と言ったほうがわかりやすいでしょうか?所謂その状態ですね」
「そんなこと私してるんだ・・・・じゃなくて!!」
「どうかしましたか?」

本来の目的を忘れそうになっていたは骸に向き直るとあの水槽について尋ねた。

「あれ、骸よね・・・?」
「ええ、本当に復讐者も厄介なことをしてくれた。これでは簡単に脱獄することも叶わないじゃないですか」
「死んだりは・・・しないの?」

茶化す骸を尻目には今にも泣きそうなほど顔を歪める。
それに骸は苦笑しながら告げる。

「ええ、大丈夫ですよ。幸い。でも、申し訳ありません。貴方を悲しませる結果になってしまって」
「私は・・・別に。辛いのは骸じゃない」
「辛いとまでは考えていなかったもので。でも、貴方の温もりを直に感じられないのは辛いですかね」
「茶化さないでよ!!!私は・・・私は、本当に・・・」

飄々とした態度を取る骸に声を荒げる
そんな瞳からは涙が零れ落ちる。
それを見た骸は驚き目を見開くとすぐにを抱き締めた。
そして、落ち着かせるような声色でそっと紡ぐ。

「すみません。不安にさせてしまって・・・でも、予想外でした。
貴方がこうも素直になるとは思いもしなかったので。人質だった時には酷く反抗されましたからね。殴られたり、蹴られたり」
「それは・・・状況が状況だったから・・・」
「判っています。今は、まだ明確な言葉を告げる事はできません。
今はこんな状況ですしね。
ですが、一つだけ。ここから解放されたら真っ先に貴方に会いにいきます」

嘘を言っていないとわかるほどに凛とした声色にはただ頷いた。

・・・それまで待っていてください」
「・・・約束、だからね?守らなかったら許さないんだから」
「ええ、約束です。・・・ああ、時間のようですね」

骸が何かを感じ取ったようにそういうと辺りを白い光が蝕んでいく。

「骸っ・・・!」
「大丈夫です。また、夢で会いましょう。そして、いつか必ず約束を守りますから」

そっと微笑まれた私はそのまま白い光に飲み込まれていく。
ただ、私は涙を流し、一秒でも触れていたいと手を伸ばしたが。
それは届く事はなく気付けば自室のベッドの上だった。

「くぅ・・・っ・・・!」

涙が止まらなかった。
どうしても、貴方に触れたい。
叶わない願いと知りながら私はそう願った。
もっと早く気付いていたならば未来は変わっていたのだろうか?
しかし、戻る事はできない。
人は前を進んで生きていくしかないのだから。
私は涙をふき取るといとおしげにただ一度あの人の名を呼んだ。

「骸・・・・約束、だからね」

いつまでも私は待ち続けるのだろう。
あの人があの牢獄から抜け出して地上の光を浴び私との約束を守る日を。
私達は言葉にしなくてももう決して誰も侵すことのできない絆で結ばれているのだから。



(また、私は夢を見る。仄暗い水底で貴方と再会する夢を。)