「骸、久しぶり。元気にしていた?」
「・・・本当に御久しぶりですね。まさか貴方がいらっしゃるとは思いませんでした」

久々の日本に少し期待していなかったかと言われれば
していたけれど、本当に彼女が現れるとは思いもしなかった。
ボンゴレ十代目―――沢田綱吉の姉で影武者である沢田
あのアルコバレーノの赤ん坊が厳しく諭す存在であれば
彼女はいつも柔らかく優しい笑みを浮かべて宥める存在。
飴と鞭で言えば謂わば飴の方である。
沢田綱吉と血縁だけあって彼女も光の存在。
今のボンゴレを支えるもう一つの光だと言っても過言ではない。
僕にとっては、最愛の光だ。





最果て眠る貴女に捧ぐ月下美人







「ふふ、骸が驚くなんて滅多に見れないからどっきりは大成功ね。
わざわざツナに無理言って来た甲斐があったわ。でも、本当に元気そうでよかった」

小さな声を漏らして無邪気に笑う彼女に僕も思わず笑いを漏らす。
今の姿を犬や千種が見たらさぞかし気持ち悪がられそですね、なんて
思いながら改めて久しぶりに見る彼女の姿を網膜に焼きつける。

「・・・本当に貴女には負けますよ。
でも、あの沢田綱吉がこの危険な中、貴女を外に出した事には正直驚きです」

互いに忙しい身であるし、今はミルフィオーレの一件もあって危険極まる情勢。
ボンゴレでも重要な一角を担う彼女がこんな伝令係の様な事をしているのは少々意外だった。
あの姉を溺愛しているボンゴレ十代目である沢田綱吉が早々簡単に外に出す筈がないと思っていた。
正直言えば僕はそう安心し切っていたからこそ彼女を心配せずに済んでいたのに
ここまで何も無かった様だから良かったもののもし怪我なんてしていたら・・・ただじゃおきませんね。
今度強く進言しておこうと心の中で決意する。

「そうかしら?そうね。あの子は自分が危険に晒される事は良しとしても
他の誰かが傷つく事を良しとしない。それがあの子の長所であり、弱点でもあるわ。」

心配そうな表情を見せて眉根を寄せて苦笑する
嗚呼、本当にあの沢田綱吉をどうにかしてやりたいと言う気持ちに駆り立てられる。

(狡いじゃないですか。にこんなに心配されて僕だって心配されたい)

でも、彼を傷つけると彼女が悲しむ上に彼女自身を傷つける事になってしまう。
本当に彼女が何故影武者なのかと思いながら彼女の話の続きに耳を傾けた。

「だけど、私はあの子の影武者だからあの子に何かあっても死ぬ。覚悟して決めた事だから
後悔はないしね。それと今回の計画を聞けば骸なら直ぐにツナが私を外に出した理由を理解出来るわ」

伏目がちに紡がれた意味深な言葉に首を傾げる。

「・・・?一体、どういう事ですか?」
「ふふ、取り敢えず空港で話をするのもあれでしょう?
ホテルに部屋を取ってあるからそこに行きましょう。ね?骸」

僕の質問は答えられる事無く、無敵にも等しい彼女の笑顔に話の中断を余儀なくされた。
今すぐにでも聞き出したいがこうなってしまえばどうしようもないと溜息を吐く。

「・・・ふぅ、わかりました」





そして、場所を移して聞かされた話に僕は机を両手で叩き、立ち上がり彼女に詰めよった。
聞かされた計画の内容はボンゴレの死―――つまりは彼女の死すら組まれていたからだ。

「どういう、事ですか・・・!?」
「どういう事って言われても言った通り。
私も承諾しているし、ツナも渋ったけど最終的には了解してくれたわ」
「了解してくれたって・・・この計画は貴女が?」
「立案して一緒にツナと考えたものよ」

あくまで冷静沈着に対応してくる彼女を前にして
込み上げてきた様々な感情混じり合い、激情となり、彼女に向けられる。

「だからってこんなの僕は認めない!貴女が居なくなる世界なんて僕はっ・・・!!」

いらない、と最後まで紡ぐ前に僕は近付いてきた彼女に抱き締められて口を噤んだ。
どうしてこんな時にこんな風に僕に温もりを与えるのだと苛立ちや悲しみ等が綯い交ぜになっていく。

「・・・ありがとう、骸。でもね、私はやるよ。誰に反対されようとも絶対に」
・・・どうしてですか・・・」

穏やかに紡がれた言葉は果てしなく優しくて僕は涙を流した。
静かに流れ落ちる雫が頬を伝い、彼女の黒絹の髪を濡らす。
それが喜びの涙ならよかったのにと思った。
だけど、これはどうしようもない悲しみと力の無い自分を悔やむ涙だった。

「もう、決めたの。ごめんなさい」
「どうして・・・」

それ以上言葉は出なかった。
水を打った様に静寂な室内に響いたのは誰でもない僕の咽び泣く声だけだった。
幼子の様に声を上げて泣けば少しでも彼女の心を動かせるのではという甘い期待を抱いて。
だけど、それは結局期待でしかなくて、淡い期待は花の様に儚く散って
彼女はこれが最後だから、と言って別れのキスをしてこの場から去っていった。





そして、数日後。
彼女は沢田綱吉と共に向かったミルフィオーレとの会談の席で撃ち殺された。

「悲惨な貴女の姿など見たくなかった」

棺桶に眠る貴女に語り掛ける。
何て虚しくて、何て悲しくて、何て辛い。
こんな思いをしたくはなかった。

「貴女も沢田綱吉もどうして自らを犠牲にしてまで何かを守ろうとしたのですか?」

屈み、彼女の頬に触れるとどうしようもなく実感させられる。
その冷たさが彼女の死を実感させる。

「貴女が居なければ何の意味も持たない。こんな世界、要らないんです。
だから、僕は貴女の願いを叶えます。そして、取り戻したい。、貴女を」

彼女から手を離して持ってきた花を添える。
真っ白な両手一杯の月下美人。

「―――Arrivederci」

の唇に口付けると僕は僕のすべき事をする為に再び歩き出した。
その先に再び彼女のとの未来があるのだと信じて。


月下美人に秘められた想いは強い意志。
(貴女の死の運命を覆し、貴女の笑顔を手に入れるという僕の誓い)
(例え、僕が死ぬとしても絶対に成し遂げて見せますよ。