最後の瞬間まで傍に居たいと望んで止まない。
この人の身ではない己であっても望む事ぐらいは赦して欲しい。
憐れで報われぬ願いでも。






三日月の一輪花






「宗近、もう梅が咲いていますよ。綺麗な紅ですね」
「ああ、そうだな。まだ、雪景色だというのに元気な事だ」

まだ二月に入って間もないというのに先走り咲く梅の花は知らぬ顔で咲き誇る。
そして、そんな花に負け時と雪が深々と降り注いでいた。

、雪が強くなってきている。今日はもう、部屋に戻るとしよう。身体を冷やしてしまうぞ?」

目の前で瞳を輝かせて、花を見つめるを自身の腕に閉じ込める。
はそのまま身を任せるように少し、自重を預けて振り返る。

「ふふ、大丈夫ですよ。宗近がこうしていてくれるなら温かいですから」

穏やかに微笑む彼女に俺はきょとんと目を見開く。
そして、じんと胸の内に彼女の言葉が染み渡り、響く。
出逢った頃はこのように微笑むなどありえぬほどに傷ついていた幼き童だった。
人の業のような負の感情を審神者としての力を身に宿したが故に向けられ続けてきて、
心が壊れかけた彼女が孤独から救われたいと願って呼び出されたのが俺だ。
だからなのか、歳だからなのかは分からぬがふとした瞬間の彼女の言葉は感慨深い。

「まあ、俺もとこうしていれば温かいがな。
何分じじいだからできれば暖かな部屋でゆっくりしたいと思う」
「宗近はおどけて言いますがいつも私を案じてくれているのですね。私はそんな宗近が大好きです」

直球に返されて思わず返す言葉が思いつかなくなる。
それは言われた言葉だけではきっとない。
記憶に残る童の彼女は目の前に居る今やもう一人の立派な女性なのだ。
そして、そんなに恋焦がれる己が居る事を俺は重々感じていた。

(何と憐れな事だろうな・・・人の身ならぬこの身で果たして抱いてよい感情なのか・・・)

それでも想いは募る一方で掻き消せるものでもない。
恋という言葉だけで語れる程、単純な感情ではもはやないのだ。
悟られぬように俺はぐりぐりとの頭を撫でる。

「はははっ、そうかそうか。全く、愛い奴め」
「む、宗近!髪が乱れますっ!」
「おや、それは悪かった。どれ、直してやろう」

髪を手櫛で整えてやっていると屋敷から声が聞こえてくる。

「二人とも何をしている。朝餉ができたから早く屋敷に入れ。鯰尾にまた怒られるぞ」
「あら、それは大変ですね。すぐに行くので先に広間へ行ってて下さい。骨喰」
「あーふたりだけでお散歩してる!ずるいずるい!」
「では、後で共に庭を見て回りましょう?蛍丸」

微笑ましいやり取りを見て、喜ばしい反面、寂しくもある。
この屋敷は俺が呼ばれた頃よりも人が増え、にぎやかになった。
いつか、俺が居なくなっても彼女がもう寂しい思いをする事はないだろう。
彼女を守る者達は俺以外にも大勢いるのだから。
唯一でなくなってしまう事がこんなにも悲しいものだと己が刀の時には知る由もなかったのに。
これも、彼女が俺に与えたものの一つなのだろう。
様々な感情を俺に教えてくれた少女は俺の視線に気付き、そっと顔を綻ばせると指先をするりと絡めて握る。
少し冷たい彼女の華奢な指先の感触がじわりと俺の温もりに暖められていく

「宗近。貴方と出逢ってから私の世界は色づいて、こんなにも幸福に満ち足りている」

その言葉はまるで俺がお前に想っている事ではないかと自身の内にて呟く。
それを口にしなかったのは彼女がまだ、引き続き何かを紡ごうとしているからだ。
何故か、少し迷うように口篭る彼女はそれでも伝えようと絡めた指先に少し力を入れた。

「ですから・・・皆には秘密ですが私にとって宗近は特別なのです。だから、ずっと傍に居て下さいね」

視線を合わすまではできないままも紡がれた彼女の言葉を瞬時に理解する。
嗚呼、喜ばしいことこの上ないのだがいや、不意打ちはいかんと思うのだ。
どうしても緩んでしまう口元がこの上なく、格好が悪いではないか。
本当に今、これほど彼女が顔を上げなくてよかったと思った。
俺は彼女を抱き締めて、紡いだ。

「ああ、そうだな。ずっと傍に居よう。の望むままに」

余裕を装い誤魔化せるのは年の功。
でも、言葉に偽りはない。
永遠などありはしない事も重々承知だ。
そんなもの今まで嫌と言うほど経験してきたのだ。
だが、それでもお前が望むなら俺はどんな手を使っても傍にいよう。

「だから案ずるな。お前の特別である俺が言うのだ。大船に乗った気でいるといい」
「はい・・・宗近がそういうのなら、私は信じています」

柔らかに春の陽光のような微笑みを浮かべる姿に、俺はまた心惹かれていく。
いつしかきっと俺の迷いは消え行くのかもしれない。
だって、俺の世界には彼女以外の絶対などないのだから。