太陽が空に溶けて、漆黒を生み出す頃合。
私は一人で居る事が辛くなる。
夜の闇がそうさせるのか、過去の独りで居た記憶を思い出すのか解らない。
ただ、その時間が私はとても嫌いだった。
綺麗なのに、こんなにも私の瞳を通すと醜く見えてしまう。
でも、今はそうでもないのかもしれない。
寄り添い花は橙
「こんな所にいたのか。」
「うん。夏目が迎えに来てくれる気がしたから」
少し息を切らせながゆっくり教室の窓側に居る私の元へと寄ってくる少年。
私と彼は秘密を共有する仲である。
秘密と言ってもただ、互いに同じ"あるもの"が見えるだけ、
普通の人には見えない妖怪とかいった類のものが鮮明に見えてしまうのだ。
私たちはそれ故に酷く辛い境遇にあった事がある者同士。
それを互いに打ち明けたのは偶然だったけれど、彼は初めて私の境遇を聞いた時、
私の方が余程辛かっただろうと少し泣きそうな声で言って、ふわりと頭を撫でた。
それが普通だった私にとっては今更な事なのだけれど、
血が繋がらずとも大切な家族が居る夏目を見ていると
羨ましいと思ってしまったのだから私はきっと不遇なのかもしれない。
経済的な援助以外に家族との繋がりがない心の不遇を抱えて私は未だに生きている。
でも、今はほんの少し違う心持ちである事を夏目は知らない。
「・・・もう、今度からは一緒に帰ろう。どうせ隣同士だし、放っておくとずっとここに居かねないし」
「夏目が一緒ならそうしようかな。家にすぐ帰らないのは単に人の気配がしないのが嫌なだけだから」
静まり返った空間というのは酷く居心地が悪い。
昔からそれが嫌いだから私は学校によく残っていた。
今もそれは続いていたのだけれど、最近は夏目が迎えに来て帰るのが日課になっていた。
だから、最近は本当を言うと夏目が迎えに来てくれるのを楽しみに学校に残っていたのだ。
何時の間にこんな理由に変わったのか解らないけれど、きっと、夏目を恋しいと想う気持ちがあるからなのだろう。
夏目の知らない私の心、それがこの恋情だ。
「なら、最初からそう言え。は本当に甘え下手だな」
溜息を一つ吐き出すとまた、ぽんっと頭を撫でてくる夏目。
細く白い指が私の黒髪を擽るそれが心地よくて少し目を細める。
少しだけ頬に熱が集まるのを感じたが何事もないかのように振舞う。
「・・・そう、なのかな?」
「そうだ。ほら、帰るぞ」
ごく自然に私の手を握る夏目に自然と笑みを零しながら頷いて、共に歩き出す。
隣で揺れる夏目の色素の薄い髪を見ながらぼんやりと彼が私をどう思ってくれていうのだろうかと少し考えた。
他の人よりは少し特別、ぐらいには思っていてくれているのかもしれない、なんていうのは自惚れだろうか。
それともただ、放っておけないだけなのか。
優し過ぎる夏目だけに後者も有り得そうだと一人落ち込んでいると夏目が此方をじっと見つめているのに気付いた。
「夏目?」
「あ、いや。なんか、がこっち見てる気がしたからどうかしたのかと思って」
「そ、そう?気のせいだよ」
「そう、か?なら、いいんだけどもしかして、手とか気安く繋いだのはその、やっぱり駄目だった?」
遠慮がちに予想外な事を尋ねられて思わず驚く。
「え!?そんな事ない!」
「そ、そうか?ならいいんだ」
ほっとした声色で微笑む夏目は女の私よりも綺麗なんじゃないだろうかと一瞬頭を過ぎる。
穢れを知らない、純粋無垢な真白。
そんな彼に触れられる幸せに思わず微笑を浮かべる。
ああ、なんて愛しいのだと。
「うん、そのなんかこう、ほわほわするから。嬉しい」
「・・・なんか、照れる」
「照れられると・・・私も、照れる・・・」
二人して思わず照れ合うと次第に何とも言えない笑いがこみ上げてきて、足を止めて二人して声を上げて同時に笑い出す。
くすくすと笑い合う、私と夏目は夕日の橙に染められながら再び帰路を進み始める。
「なぁ、」
「何?」
不意に口を開いた夏目が笑みを消して、ただ、淡々と私に告げた。
「俺は、お前が望むならずっと傍に居るから。だから、は独りじゃない」
それはどういう意味なのかと問いただしたい衝動を抑えて、私は頷いた。
「うん。ありがとう。夏目」
今はこれで十分だ。
どんな形でも夏目が傍に居てくれる。
願わくば永遠に、居てほしいけど、今はただ、ここにある幸せを噛み締めよう。
繋いだ手の力を少し強めて夏目にもう一度、向き直る。
「本当にありがとう、夏目。私は夏目のお陰でもう一人じゃないと思えるよ」
心からの言葉を紡いで、微笑むと夏目は嬉しそうに少し頬を染めて微笑み返してくれたのだった。
それは眩く輝く橙色の光を受けて、とても眩しく輝いていた。
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