「ネウロ。ネウロ」

私が名を呼んでも彼は顔色一つ変えずに不適な笑みを浮かべたまま答える。

「何だ?
「・・・っ!その・・・ね?」

嗚呼、私はこんなにも貴方の声一つで狂わされると云うのに。
これが、人間と魔人の隔たり、越えられない壁なのかしらと不安に思う。






不規則な心音が語る







二人っきりの部屋でちょっと甘えたくて貴方の名前を呼んだだけだと答えた私。
その私の言葉に何処か機嫌を良くしたらしいネウロ。
横に立っていた私をひょいっと軽々持ち上げてさり気無く膝の上に置く。
それでも身長さ故に見上げなければ顔を見る事は出来ない。
体重重くなかっただろうかとか不安に思うけど、魔人の基準が判らなくて何も云えないまま彼の胸に体を素直に預けた。
触れ合う背中と胸の面積の部分だけ通常よりも熱を持ち、火照る。
嗚呼、人肌って温かいって本当なんだなぁとしみじみと思う瞬間だ。(人肌というか魔人肌だが。)
瞳を閉じてただその感覚にだけ酔い痴れている私の髪をネウロは指で弄ったり、香りを楽しんだりしている。
そんなにいい香りがするものだろうかと気になって首を少し捻り、ネウロを見る。
整い過ぎた端整な顔立ちと耳に掛かる吐息を感じて思わずふっと息を止める。
今更だが羞恥心が襲う。
嗚呼、この顔は美しすぎて心臓に悪い。
取り合えず自分に落ち着けと言い聞かせてそっと息を吐く。

「ねぇ、ネウロ。そんなに私の髪弄ってて楽しい?」
「ん?そうだな。の髪は甘い薫りがする。花の様に甘く馨しい甘美な薫りだ」

ネウロは何の躊躇いもなく、飄々ととんでもない返答をし髪の一房にリップノイズを響かせて口付けを落す。
上昇し続ける心拍数。
この男は私をときめき殺す気だろうかと思いながら慌てて前を向きなおした。

「そ、そうかな?」
「ああ。そうだ。は全身から甘い薫りを漂わせている。
どんな者でも魅了し、虜にする香り。無論、この我輩でさえもだ。その中でも特に下は美味な上に一段と薫りが強い」

笑いを含ませながらネウロが意味深な言葉を発する。
私は首を捻り自分の身体の下を見つめる。
足、足首、脹脛、膝、太腿、そして・・・
そして、ふとその言葉の意味を理解すると全身の熱が顔に集まったかの如く、頬を林檎の様に真っ赤に染めた。

「セ、セクハラ!!」
「くっくっくっ。何を怒っている?それに顔も赤い・・・我輩は下としか言っていないが?一体それ程恥らう理由は何故だ?」

うっと思わず口篭る。
完全に私はネウロの掌中に落されて遊ばれている。
勝てるとは思っていないが意地が悪い。
そういう所も好きだから何も言えないのを判っていてそういう事言うんだから。
私は益々振り返る事が出来なくなって顔を両手で覆いながら再びネウロに身を預ける。
ん・・・?
その時、ふいに自分の心臓と同じ位激しく高鳴る鼓動に気付いた。
自分でないとすればそれは言うまでもなくネウロ。
ドクンドクンと早い心音に私は驚き、恥じらい等忘れて勢いよく振り返りそのままネウロの胸に耳を寄せる。

「お、おい?」

唐突な私の動作に珍しく動揺を示し声を微かに上擦らせるネウロ。
私は耳を当てて改めて心音を聞き入ると先ほどよりまた激しい心音が響いていた。
それに笑みを浮かべると私は顔を上げてネウロにさっきの仕返しだと言わんばかりに尋ねた。

「ねぇ。ネウロ」
「な、何だ?」
「ネウロも私が触れたりするとドキドキするのね」

胸をトンっと指で指して満面の笑みを浮かべる。
嗚呼、してやったり。
ネウロは首を横に向けて視線を勢いよく逸らすと髪がふよふよと動き出す。

「・・・・・・・・気のせいだ」

長い間を置いての返答。
珍し過ぎる。
天変地異の前触れかと言わんばかりの動揺加減。

「いやいや、凄い動揺してるよね。
目も泳いでるけど、髪までふよふよと漂ってるし。返答にも凄い間があったけど?」

冷静に私が指摘すれば髪が再び元に戻り、こちらにまた視線を向けるや否や。
後頭部をくっと強く持たれてもう片方の手で顎を捉えられるとそれはも神業だと言わんばかりのスピードでキスを落された。
それも、ディープキス。
どれだけ手馴れているんだと頭の隅で突っ込むが激しい動きに頭が真っ白になって蕩けてゆく。
キスが巧過ぎると乱れる呼吸を感じながら思うも(巧いのはき、キスだけじゃないけど・・・)
翻弄し続けるネウロの舌に侵され続け脳が融解しそうだ。
それから暫くして本当に息苦しくて仕方がなくなった私がネウロのスーツをきゅっと無意識に強く握ると銀糸の糸で互いを繋がらせたまま唇が離れる。
だが、それも数センチだけですぐにまた唇が少し近くなったかと思うと上唇から下唇へとそっと円を描く様に舐め取られた。
その仕草が余りにも官能的で吐息が交じり合う毎に心音が上がる。

「ねう、ろ・・・っ!」
「ん?何だ?もっと欲しいのか?」

そっと頬を這う舌と吐息交じりの声に身体が震える。
ネウロに躾られた身体は否応なく、ネウロに反応してしまうのだ。
そう、ネウロの全てに。
ってかそもそもこういう展開は望んでなかったんですけど!?
でも、いいかと思ってしまうのは貴方を愛し過ぎているからでしょうか?
思考力が落ちていて答えなんて出やしないから私はただ目の前の魔人を見つめ続けるしかなかった。

・・・お前だけが我輩のペースを乱すのだ。覚えておけ」
「え・・・?」

ふいに告げられた言葉と真剣な眼差しに酸素の足りない脳はぼんやりとだけ反応する。
ネウロの表情と言葉を再度確認しようとした瞬間にはまた不適な笑みに変わっていて私の唇が再び塞がれる。
嗚呼、本当に死んでしまいそう。
窒息死か心臓停止で。
そう思いながら降り注ぐキスの雨を受け止め続ける。(受け止め損ねる事など勿体無い。)
その合間にも聞こえる激しい心音は二人分部屋に響き渡っていた。



魔人か人かなんて関係ないの。
(不安なんて消え去った。全ては心音が物語っている。二人の気持ちは同じだと。)