亡くして、亡くして、亡くし続ける私には一体何が残るのだろう。
呪われた様に何かを亡くし続ける私。
そんな私を想い、傍に居てくれる者はこの世にいるのだろうか。
一層、こんな孤独を味わうなら殺してくれれば良いのに。
死よりも孤独の方が余程恐怖だと言うのに。
私を殺すその手に愛を
無慈悲にも降り注ぐ雨がこの身の温もりを奪い去る。
そして、この瞳から流れ出る雫すらも奪い去り、私の心さえ凍りつかせていくのだ。
ただ、呆然と雨に打たれて、涙を流し、歪む視界の中を捜す。
捜しても捜しても永劫見つかる筈などないけれど、それでも、私は捜し続けた。
そうせねば為らぬとでも言わんばかりに。
夜の雨降る街の路地を彷徨う私はまるで狂人か異端者か、はたまた廃人か。
真に理解する人間はいないだろう。
そう、人間は。
ふいに視界が暗闇に覆われて私は足を止めた。
私の視界を覆った何かは確実に生きた何かである事は理解出来た。
呼吸音と微かな心音を感じたからだ。
そして、次に聞こえた傲慢かつ堂々とした声に私はその人物さえ明確に理解した。
「何をしている?」
「・・・離して、ネウロ」
謎を喰う傍若無人の魔人であるその男が私に問い掛ける。
問いには答えず手を離せと訴える私の声は自分自身でも思う程、抑揚も覇気もなかった。
それに一体どんな顔をして答えているのかは判らないがネウロが再び言葉を紡ぐ。
「何をしていると聞いている」
一度言ったら最後まで貫き通すネウロに私は諦めにも似た吐息を吐き、静かに呟いた。
「捜しているの」
「何を捜しているのだ?」
詰問していくネウロが一体何を求めているのか判らない。
だけど、あの人を捜しに行かなければならない私は早く解放して欲しいが為にそれに律儀に答えた。
「あの人を、捜しているの」
「それは呆気なく散ったあの人間か」
「そうよ。貴方にとっては呆気なくでしょうけれど私にとっては無残にも殺された人よ」
事故や自殺や病死ではなく、人の手によって、殺人によって殺されたあの人。
ネウロにとっては人に殺されるなど呆気ない死なのかもしれない。
だけど、私には無感情で居られる程の死ではないのだ。
茫然自失であろうとも根底にある渦巻く混沌たる憎悪の念は復讐心にも似た色を放つも悲哀に満ちた色をも放っていた。
寧ろ悲哀の方が勝っているのかもしれない。
「お前は、幾度も幾度もその色に心を染めるのだな」
「染めたくなくても周りがそうさせてくれないの」
「そう答えると言う事はお前が本当に捜しているのは殺した相手ではなく、死なない傍に居て欲しい人ではないのか?」
嗚呼、魔人の癖になんでそんな人の心が判るのだと思わず反論したくなったがそれは的確に私の心情を指していたので口を閉じた。
きっとそうだろう。
幾度、この様な事になってもその殺した相手を本当に復讐しないのは孤独が嫌だからなのだろう。
「そう、ね。そうかもしれないわね。死よりも亡くす事よりも私は孤独が嫌いだから」
そこまで言えばネウロはそっと私の瞳から手を離した。
でも、決して身体の拘束は外さない。
逃がさないと言わんばかりに力強く腰に回されたその腕は拘束具の様にも思えた。
「我輩を選べばいい。」
「何が言いたいの。ネウロ」
「人でなければ先に死ぬ事もない。我輩ならば寿命で先に死ぬ事もない。
事故で死ぬ事もない。病気で死ぬ事もない。並みの人間に殺される事もない。まあ、並でない人間にも殺される事はない」
自信たっぷりに告げ続けるネウロの言葉に私はそっと耳を傾ける。
「我輩ならばお前を孤独にさせない。もし、我輩が死ぬ時はお前も殺すだろうからな」
「なんて自己中心的な考えなの」
「だが、それがお前の求めるものであろう?」
謎を喰らう故に必要な洞察力と推理力を見せ付ける様に私の願望を解き明かすネウロは楽しげであった。
そして、そっとネウロの方に身体を向けられた私は彼の不遜な表情を視界一杯に目にする。
涙が止まった瞳だがまだ雨の雫で滲む。
だけど、不思議とそのエメラルドグリーンだけは視界に色濃く浮かんでいた。
それが私の答えなのだと言っている様で仕方がなかった。
「・・・貴方が私を必要としている理由が判らないわ」
気になっていた謎を問い掛けてみればネウロは目をそっと細めた。
「それは我輩にも判らぬな。まさに永久不滅の謎であろう。
それを一生掛けて解くのもいいだろう。悪意のある謎以外は食料にならんが実に楽しめそうだからな」
楽しげに涎を流しそうになるその顔を見て思わず笑いを浮かべる。
それは本当に僅かな笑みだったけれど魔人にとっては満足に至るものだったらしい。
「貴方はやはり変ね」
「人とは違うからな」
「そうね。人とは違う。だから、きっと、私は貴方を選んでしまうのね」
そう、これが、私の答え。
雨がいつの間にか上がっていて私達を月が照らす。
雫が零れる音がまだ響くその夜に私の視界はついに明瞭のものになった。
だけど、その瞳に明瞭に移った光景は俄かに信じ難いものであり、私はぼんやりと見入る。
冷酷無慈悲の魔人が私を愛おしそうに見つめていたから。
幻覚でも見ているのかと思いながら私は瞳を閉じた。
そして、再度瞳を開ければ魔人の顔は視界にはなく、彼の濡れた髪が頬に微かに張り付いていた。
首筋に微かな痛みが走ってぼんやりと視線の先にある月を眺めながら思った。
(溺れて、沈んで、堕ちていく・・・)
ただ、それだけを異様な浮遊感の中、刻まれる紅い所有印を感じながら思った。
亡くしたその日に手に入れたのは求めていた永劫の者。
(本当は近くにあった求めたものを中々認められずに居ただけなのだ。)
(いつもいつも血の渇きを耐える吸血鬼の様にそれを苦しみながら欲していたのに。)
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