謎を食した後の魔人は豪くご機嫌で普段よりも嬉々としているのが手に取るように判る。
その姿を眺めていると愛らしいなぁと思ってしまう。
美形を愛らしいだなんて不思議な感覚だけれど。
この魔人は欲望に忠実である所を見ると子供の様に純粋だと感じてしまうから。






ディジェスティフ







「何だ。遅かったな」

目を丸くして見入る私に平然と新聞から目を離して問う。
その余りにさも当然だと言わんばかりの態度に私もついつい流されて答えた。

「・・・コンビニ、寄ってたから」
「そうか」

納得したらしいネウロは再び視線を新聞に戻した。

「うん・・・っていうか何で居るの?」

暫く間を置いて漸く問う事が出来た。
先程帰路に着くと別れたばかりの筈だ。
というかそもそも私の家にどうやって入ったのか。
いや、その疑問の答えなど判り切っている。
どうせ魔人なのだから常識を逸脱した形で侵入したのだろう。
なら、それよりも疑問はやはりここに来た理由だ。
今日はもう謎の気配もないという事で先程解散した筈なのだが。
まさか、何かあったのだろうか?
そう疑問を巡らせているとネウロは私の傍に何時の間にやら寄って来ていて私の髪を一房取る。
流れる様な仕草が美しく綺麗で魅入ってしまっているとそのまま髪にキスを落された。
それに驚き我に返った私は肩を揺らして顔を微かに紅く染めた。
愉快そうにネウロはそれを見て形のいい唇で弧を描く。

「我輩はに用があったのできたのだ」
「え?は?よ、用?」

急に疑問の答えが返ってきて呆気に取られているとネウロは私を抱き上げた。
所謂、お姫様抱っこと言うやつだ。
そして、歩き出したネウロが向かっているのは寝室で。
何故、寝室に向かっているのだろうとか寝室の場所を知ってて向かっているのだろうとか。
次々に疑問が湧き出てくるが。
それよりも恥ずかしさとどこか粟立つ肌から身の危険を感じた。

「ちょ、あのネウロさん?一体、用って・・・」
「ん?何だ。待てないのか?」
「いや、なんか身の危険を感じるので出来ればリビングに戻りたいと」

腕の中から抜け出そうとするが何分力を入れ過ぎると床に落ちてしまいそうで怖い。
そんな私の心中ですら魔人は判っている様で申し出など耳に入っていないといった具合で歩みを速める。
本能が警告音を鳴り響かせて早く逃げろと訴える。
だが、どうやって逃げろというのだ。
この魔人は自分が決めた事は頑としてでも貫き通す。
ならば、非力な私には逃げ道など無く、諦める事以外道などない。

「あのーネウロ。せめて何をするかぐらい教えてくれませんか?」

扉を開けるネウロに問いかけるとにやりと笑みを浮かべられるだけで返答はない。
ベッドに進みゆっくりと横たえられると魔人はベッドサイドに腰掛ける様にしてこちらを覗き込む。
そして、その細く長い指で輪郭をなぞると顔を近づけ、今にも唇が触れ合いそうな程の距離で止める。

「ディジェスティフ」
「?デ・・・ス、フ?」

余りに急に告げられた聞きなれぬ言葉に首を傾げる。

「ディジェスティフ。フランス語で食後酒の意味を持つ言葉だ」
「へー・・・で、それが一体これと何が関係あるのでしょうか?」
「我輩は先程、食事を済ませたばかりだ。それも今回はまあまあ上質なものであった」

確かに今日の謎は複雑怪奇でネウロもまあまあいつもより喜ばしそうだった。
そこまでは判る。

「つまりは食後酒を楽しみたいと?」
「そういう事だ。何だ。判っているではない。」
「いや、それは判っても一体魔人の食後酒が何なのかが判らないんですが」

この場所に来てまで判らないという程子供でもないのだが。
どちらかというと認めてしまいたくないのが本音だ。

「ならば、身をもって知るがいい。それが手っ取り早い」

そう言われて私は反論する間もなく唇を塞がれる。
息継ぎが出来ないほど深く深く貪られる。
全てを絡み取る様なその口付けに私は酔わされていく。
甘く甘く溶ける様なそれに。
嗚呼、これではまるで・・・

(食後酒を飲んでいるのは私のよう・・・)

蕩ける意識の隅でそう思い、瞳を閉じるのだった。


酔わすつもりが酔わされて。
(食事をしたのは魔人であって私ではないのに)
(これでは食後酒ではなく、食前酒)