今にも壊れ崩れそうな脆弱な人間である私でも。
常識を逸脱した魔界の住人である貴方の何かを守れますか?
少し、僅か少しでも。
この穢れた両の手で。






魔人の姫君







眠る貴方の手に触れて掴み頬を摺り寄せる。
人とは異なる異形の手。
無機物の様に冷やかで凹凸のある鉱石の様なその手は手袋と言う布一枚を隔てて私の肌に触れる。
否、触れさせている。
こうして、触れる事で貴方を感じられるから。
Xと戦った後、貴方は弱体化しており、普段見る不遜な態度も見えず思わず涙を流しそうになった。
魔人であるから自分より早く喪する事はないと思っていたのに。
余りに弱々しいその姿は今にも永遠の眠りについてしまいそうだった。
だから、眠っている彼を見るとこうして触れたくなるのだ。
触れ合っている間は仮初だと判っていても安心出来る。
この手にある間は忽然と姿が消えて無くなるという事もない。
しっかりと両の手でその手を壊れ物の様に優しく抱きしめる。
瞳を伏せて感覚だけに集中する。
ねぇ、ネウロ。
私は、貴方の為に何か出来ないのかしら?
いつもいつもいつも私は貴方に何か与えられるばかり、守られてばかり。
弥子ちゃんみたいに手助けになる事も出来てないし。
私、彼女が羨ましい。
貴方の一番近くは私だと貴方は言ってくれたけど、近付けば近付く程距離を遠く感じるの。
どう考えたって私は足手纏いだし、人が傍に居る事で貴方が人に近付いているならばそれは最も私が原因だ。
・・・駄目だね。
役に立つどころか私は足を引っ張ってばかり。
私は、貴方の枷となる鳥籠みたい。
自由な鳥の羽ばたく場所を限定させ、貶めて。
嗚呼、涙が零れる。
泣きじゃくる事もなく、ただ流れ落ちる雫。
私は、離れた方がいいのかな?
ねぇ、ネウロ。
答えて・・・私は、傍に居ていいの?
手をそっとソファに戻し、少し身を乗り出すと彼の唇にそっと自身の唇を重なる。
触れるだけのそれを交わし、数センチだけ離れて彼の顔を見た。
とても綺麗で綺麗で造形品みたいに整った綺麗な顔。
そっと瞬きをしてじっと見つめると瞳から雫が落ちた。
彼の頬に落ちた雫はそっと輪郭を伝い、顎から滑り落ちる。
涙が流れたかの様な一線が引かれ、まるで魔人も泣いているようだった。
その時、静かに本当に静かに静寂を守りながらネウロが瞳を開けた。
最初に私の顔を見て少しだけ瞳を大きく開いた後、そっとその無機質な手で私の頬を触れた。

「どうしたのだ・・・。何故、泣いている?」
「ネウロ・・・」

撫ぜられる頬にまた涙が零れ落ちる。
その手を手で押さえてただ彼を見つめる。
そうすれば彼は身体をゆっくりと抱き起こし片手で私を自分の足の上へと抱え上げた。

「ん・・・?何だ?言ってみろ。お前の憂いを我輩が晴らしてやろう」

向かい合う中、掌に口付けを落され、視線をじっと注がれる。
震える唇。
それは、歓喜か慟哭故か。

「ネウロ・・・私は、貴方の何を守れるの・・・?」

浅ましく欲深い人間である私に一体何が守れる?
愛おしいの。愛おしいの。
だから、守りたいの。
貴方は人間でないから判らないかもしれないけれど守りたいのよ。
貴方を。
大切な、貴方を。

「ねぇ、教えて・・・ネウロ。私は、貴方の何を守れる?」
・・・貴様はその謎が判らずにずっと悩み自身で首を絞めていたのか?」

抱き寄せて頭を撫でて子供をあやす様に限りなく限りなく優しく優しく。
瞳を伏せてそれに身を任せる。
貴方にとって取るに足らない理由でしょう。
でも、私はとてもとても辛かったの。
死にたくなる位、苦しくて苦しくて。
そんな想いを伝えるようにぎゅっと力を込めて抱きしめ返す。
貴方の胸にこの想いが伝わり響く事を祈って。

。お前は我輩を我輩であり戒める最後の砦だ。お前は、我輩の全てをその両の手に乗せている。
それ以上を一体何を求む?悩む?もう、そんな顔をするな。お前の大切だった者達とは違い、我輩がお前を独りにする事はない」
「ネウロ・・・本当に、独りにしない?私は、役立ててる?」

信じてもいいの?
今までそう言って私を独りにしていった人々とは違い、貴方は本当に現実にしてくれると。
魔人は、そんな私の不安を嘲る様に微笑んだ。

「我輩を一体誰だと思っている?謎を食らう魔界の突然変異の魔人、脳噛ネウロだぞ?」

根拠のない自信で不敵に微笑む貴方はそっと喰らう様な口付けを。
謎ではないけれど、その口付けで私の不安等の負の感情を喰らい尽くして。
少し、唇を離し、再び魔人は口を開く。

「お前を悲しませる事などしない。お前は我輩に選ばれた唯一無二の存在なのだからもっと己を誇れ」

頷く間もなく再び唇を貪られ、掻き抱くようにソファに沈んでいった。



貴方に無条件で守られる事、それが存在意義ならば。
(それが童話の世界ならさながら貴方は私を守る騎士で、私は姫君。)
(言葉にする事すらもどかしく、互いに全身の全てを駆使して想いを込めた。)