「ねえ・・・まだ?」

耐え切れなくなって声を上げる。

「まだだ。じっと大人しくしていろ」
「・・・・・」

有無を言わさぬ声でそう言われて私は再び口を閉じた。






Miniature‐ミニアチュール‐







ただ、観察される為の視線とはどうにも心地の良いものではない。
魔人の気紛れに付き合わされた私はスケッチブックと鉛筆を持った魔人に早数十分観察され続けている。
いきなり何故芸術に目覚めたのか知らないが細密画を描く為のモデルとなれと言われ事務所に来るなり座らされた私。
特に何かポーズを取れとか言う訳でもないから気軽に了承した私も悪いのだけれど。
数分もすれば熱く細部まで観察するネウロの視線にどうにも変な感情を抱いてしまう。
私に、そんな趣味などないのに。(例え魔人にそんな趣味があろうとも私には断じてない。)
上から下、右から左、下から上、左から右、頭から足、足から頭。
その手で直に触れられるよりも鮮烈な感覚を覚える。
髪の毛一本すら全てネウロの掌中にある様な感覚。
ある意味その視線はどんな拘束具よりも優秀だった。
嗚呼、顔が熱い。

「ネウロ・・・本当にまだ終わらないの?」
「まだだと言っているだろう。少々我慢しろ。それとも、何か問題でもあるのか・・・?」

意味深に不敵に不遜に微笑む目の前の魔人はどこか確信めいた様に問う。
視線をスケッチブックからまた私に向けて。
この男、確実に確信犯だと思いながらも「何でもない」と否定する。
しかし、これがあと何十分掛かるのか判らないのが怖い。
このまま見られていては確実に気が変になる。
溺れゆく様なそんな視線の渦の中、私は瞳を閉じる事も許されずただ魔人を見つめ続けた。
時間が立つ毎に頬を赤らめ、瞳に涙を溜めながらゆっくりと呼吸を吐いて。
そんな様子をネウロが見逃す筈も無く、前触れも無く唐突にスケッチブックを置くと私の隣に腰を掛けた。

「なんて顔をしている。ただ、モデルをしていただけだろう?」

顎を捉えくいっと顔を上げられればぴくりと肩を上下に揺らす。
全身の神経が鋭く鋭敏になっているようだ。

「だ、だって・・・それより、出来たの?」

誤魔化す様にそう告げればネウロは意気揚々にスケッチブックを私に手渡した。

「嗚呼、中々巧く出来たぞ」

そこに描かれていたのは本当に鏡で自分を写したと言っても過言ではない位精密な絵。
いや、もう写真とかそう言うレベルのもの。
魔人だから出来る技なのか判らないがどうにも居た堪れない気持ちになる。
顔も身体も全て完璧に模写されているのだから。
そして、何よりも恥じらいを浮かべた表情まで切り取ったかのように綺麗に描かれていた。

「綺麗に描けているだろう?特に、お前の表情には拘って見たんだがな」
「そんなの、拘らなくていいから・・・」

漸く出た言葉を楽しげに聞きながらネウロは飄々と反論する。

「何を言う。我輩をそそる最高の表情なのだから拘るのは当然の事だ。
描いている最中も何度放り出して貴様を抱こうと思った事か。まるで、情熱的に誘われている様に錯覚したぞ?」

腰をそっと撫ぜられて肌が粟立ち、微かに揺らぐ。
いつからこんなに欲望に貪欲になってしまったのだろう。

「貴様もえらく今日は乗り気だな・・・」

耳を甘噛みされて悦楽の混じった吐息を漏らす。
そのまま耳に入ってくる舌のねっとりとした感触がいつも以上にリアルに感じる。
頭がおかしくなりそうだ。

「それでは次の細密画を描くとしようか。我輩の脳の中に、な。貴様の在りのままの姿を」

恐ろしい事を言われながらそっと首筋から鎖骨にかけて舌が伝い、紅い華が散る。
私は反論する事など忘れて目の前の魔人に抱きついた。
祈る様に、願う様に、縋る様に、乞う様に、貪る様に。



在りのままの全てが私の全てがそこに。
(どんな媒体に描くよりも鮮明に描かれるであろう魔人の脳に。)